宗教にすがるようになった孤男2巡目
あまりに酷い人生なのでだいぶ前からキリスト教会に通ってる
通ったところで何が改善するわけでもないが
もはやすがるものが宗教しかない
「いつか神様が何とかしてくれる」と期待を抱きながら生きる日々
宗教を何らかのかたちで活かせないかを模索するスレッドです >>83
俺んときは無かったよ。
今はどうか知らんけど。 はっきり言って、エホバやっていいことなぞ何一つとして無い。
男は仕事できないし、女も婚期を逃す、子供は仲間に入れない。
なにしろ、目標がハルマゲドンを生き残って神の王国へ入ることだから、現世に希望を置いていない。 しかし、協会は昔、予言していた、1914年の世代は生きてハルマゲドンを見る、は撤回され、いつになるかは分からなくなったとさ。
これで多くの信者が離れたと思う。
残ってやってる人たちは、今更、生き方を変えられない哀れな人たちだ。
だいたい、聖書もエホバも日本のものじゃない。
聖書という言葉に惑わされ、洗脳された人たちが協会に利用されているだけ。
共産党員みたいなもんかね。 みんな、キリスト教の聖書という言葉に惑わされるな。
あんなもの聖書なんかじゃない、少なくとも日本人にとっては。
あれが聖典と言える連中はユダヤ人だけ、それも旧約聖書だけ。
なにしろ、彼らの歴史の書だから。 日本人からしたら古事記とか日本書紀みたいんもん。
新約聖書はユダヤ人にとっては聖典ではない、なぜならば、ナザレのイエスをキリスト(救世主)とは認めていないから。
彼らは未だキリスト(救世主)は到来しておらず、待たなくてはならないと思っている。
さて、新約聖書だが、こっちは、ナザレ人イエスがキリストとなったことを福音書で書き記していて、
後は、当時の信者たちの活動の様子と各会衆(教会)に宛てた手紙集でしかない。
最後はハルマゲドンが書かれた有名なヨハネの黙示録だが、これは、使徒ヨハネが見た夢なんだな。
俺は最初の創成期から黙示録まで全部、読んだけど、こんなもの聖書なんて御大層なものじゃないね。
誰も読まないから中身を知らないだけ。 聖書という言葉に幻想を持ってるだけ。
キリスト教徒ですら持ってるだけで読まないだろうね。 国語辞典みたいなもの。
教会に行って神父や牧師に部分的な文節を紹介してもらって、ありがたがってるだけのはず。
だいたい、聖書の神様エホバは中東周辺の神様で、日本なんか守備範囲外だよ。
で、キリスト教の宣教師が曲解したのが、全世界の人々に延べ伝えなさい、と言う新約聖書の記述で、
1世紀当初の全世界なんてローマが支配していた地域だけ。
15世紀になってマゼランが世界一周するまで地球が丸く海で繋がっているなんて分からなかった。
ところが、宣教師たちはその言葉を真に受けてたのと、
ヨーロッパの国家侵略植民地化とが結合して、世界の国々にキリスト教を布教して騒乱と戦争の元を作った。
キリスト教を押し付けられた国々は悲劇で、古来の宗教と神々を捨てさせられて、全部、欧米の植民地となった。
日本は豊臣秀吉と徳川家康がキリスト教を禁止にして鎖国したので助かったわけ。
みんな、キリスト教なんか信じるな。 ある宗教の駄目な部分を挙げることで、その宗教を丸ごと否定することはできないよね。
聖書を通読したからといって、正しく理解している保証にはならないよね。 >>80に続いて村上重良『新宗教 その思想と行動』という本を読んでいます。
個人的に最も関心を持ち共感できそうなのは、
大本(出口なお、出口王仁三郎)と、
そこから出てきた生長の家(谷口雅春)、世界救世教(岡田茂吉)、
浅野和三郎の心霊主義あたり。
折衷主義的で、どのような宗教にも真理があると認めるところも好ましい。
例えば、キリスト教に対しても排他的・排除的な態度を取らない。 >>90
どのような宗教にも真理がある、ってのを常識と言います。
殺すな、盗むな、嘘つくな、父母を大事に、とかです。
あったりまえの事でしかありません。 >>91
申し訳ないけど話にならない
それは道徳的真理の話だから
自分が言いたかったのは(無学な自分が知り得た範囲では)
それぞれの宗教はそれぞれそれなりに優れた宗教的真理を語っているということ
そして宗教的な真理は全然「あったりまえの事」などではない 無神論や反宗教の立場もまた一種の信仰・宗教である
多かれ少なかれ信仰・宗教なしに人は生きることができない
それを理解した上で既存の宗教に学ぶのは有益 前スレ1だけど今度の日曜日は礼拝行く
やはり礼拝に出席すると心が少し休まる 毎日、お祈りと瞑想すると、気分が落ち着くなあ。。
自分は一人でやる方が、あってる。 (6 lゝ、●.ノ ヽ、●_ノ |!/
| ,.' i、 |}
', ,`ー'゙、_ l
\ 、'、v三ツ /
|\ ´ ` , イト、
/ハ ` `二 二´ ´ / |:::ヽ
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https://twitter.com/ibuki_air
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account) 一人で祈るのが一番いい
自室とか散歩中が最も集中できる 祈る言葉は、かなり暗記できるようになった。
時々忘れるから、スマホのメモ帳に書き込んでる。 行きつけの教会がFacebookで礼拝をネット配信してるから毎週見てる 末日聖徒イエスキリスト教会へ通ってる
祈りを捧げモルモン径を読むと自然と心が落ち着いてくる 強い心・広い心を持ちたいと願っている
けれども怒りや悲しみはそう簡単に無くならない たしかイエスは祈る時には人に目立たないように祈れと仰られている
このスレに来て自分の祈りについて軽々しく話している私は恐らく彼の教えに反している 俺は個人宗教を作っているな。
自分自身が神的存在に近付くための宗教。
聖書とか仏典も入信せずに研究している。 信仰は人間の特権なんだからせいぜい宗教にすがればいいと思うがな。 宗教に「すがる」というと「藁にもすがる」のように消極的な印象を与えがちではあるけれども
宗教を「拠り所にする」ことによって励ましや慰めを得ることによって
より良い生を営むことができるとすれば単純に好ましいことだ 宗教にすがってる人の方が、そうで無い人よりずっと強く生きているものだ。 >>109
その通り。
宗教という言葉に拒絶反応を示す人は新興宗教にしか目を向けていない。 日本は新興宗教のイメージが極端に悪いから、「宗教を信じてる」と言うとそれだけで色眼鏡で見られるよね 思想も哲学もなく世間の言いなりで絶望すると怪しげな宗教まがいのものに騙される、
そんなクズが多い。 新興宗教だけに目を向けて宗教の全てが分かった気になってる奴が多すぎる >>111-112
新興宗教に限らず日本は宗教は拒む傾向が古来から強い
だから近隣の東アジア諸国と比べても異常なほどキリスト教の定着率は低かった
結局その原因も迷信や土着信仰が刷り込まれてるためといわれてるから
自ずとある種の信仰的なモノが影響してるらしいですがね
まあそのうえで自分にとって未知のモノに対しては新興宗教だろうが何だろうが
合理的に判断・解釈してほしいもんだけどな
宗教だからとか非科学的だからとかいうトンデモ理論で全否定する人のほうがよっぽど
狂信的でキチガイじみてるからなあ >>116
日本にキリスト教が普及しなかったのは、神道への信仰が強かったのと、仏教の檀家制からでは? 116に同意します。むかし地下鉄サリン事件が起こった頃、社員食堂で「まだ、オウムが
犯人かどうか分からん」って話してたら、ある食堂のおばはんに「あの人はオウムや」と
噂流された。オウムより大阪のおばはんは怖いと心底思った。 日本人の宗教・霊性には次のような傾向があると思う
・ 聖なるものと俗なるものの連続性または未分化
・ 様々な宗教を受け入れる多宗教的・宗教多元主義的な態度
「日本人は無宗教である」という考えは一面的であると思う 祖父母の眠る墓に手を合わせるだろ?
それが信仰だよ。 供養をする前提として天国や神仏という人知の及ばないものに対する畏敬の念があるだろ?
それが信仰心だよ。 自分が無宗教であると思っているとか、自分の信仰心に気づいていないというのも、
日本人の多くに見られる宗教・信仰・霊性の特徴であるのかもしれない。 日本人が盲目的に信じてるのは、テレビの広告代理店。 日本人に宗教観ってあるかね?124は詭弁。神仏に対する畏敬の念があるから先祖に
手を合わす、ていうのは眉唾ものだな。葬儀社の広告みたいだ。 先祖に手を合わせる行為に何の宗教的要素も無いならその行為はなんなんだよ いわゆるスピリチュアルとか占いの浸透の程度を見るだけでも
日本人が無宗教・不信仰ではないということは明らかであるように思われる 無宗教、無信仰なんてありえないからな
日本人はある特定の宗教を信じない変わりに別のものを信じてる デイビッド・ホーキンズ博士のキネシオロジーテストによる意識レベルの測定がオススメだよ。 宗教関連で最もピンとこないのが神話
解説を読んでも分かったような分からないような >>117
檀家制は単純に戸籍制度の実質が強かったし神道自体も宗教として根付いてたとは言い難い
何よりも未だに近隣の国々と比較しても圧倒的に信者が少ない
そもそも日本で独自に発展した神道や和式仏教も信仰宗教というカタチでは根付いていないのも
農耕民族の原始的な土着信仰の感覚が染みついているからという説がある 前スレ1だけど今日は久々に教会の礼拝に行ったよ
牧師の説教とか正直真面目に聞いてないけど、自分の信仰を確かめるために時々礼拝には行かないとな >>137
47 :離婚さんいらっしゃい:2018/02/27(火) 21:53:04.51
うーんマジモンの貧乏人苛めはストレス解消に持って来いやでしかしwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww 善悪ともに皆ながら 輪廻生死の業なれば
すべて三界・六道に 羨ましき事さらになし
阿弥陀仏に帰命して 南無阿弥陀仏と唱ふれば
摂取の光に照らされて 真の奉事(ほうじ)となるときは
観音・勢至の勝友あり 同朋もとめて何かせん 宗教板に自分が入ってる宗教のスレ立てたが、今のところ荒らされてないのでよかった。 鬼束ちひろ『月光』の旋律・歌詞が
宗教を求める自分にはとても染みる 信仰を介したコミュニティーが孤立を防ぐ手立てにならんかな <<日本にキリスト教が普及しなかったのは、神道への信仰が強かったのと、
<<仏教の檀家制からでは?
実は日本人にはキリスト教が普及している
親鸞の浄土真宗は日本最多数の仏教だが
最多数の信仰を集める理由は キリスト教を取り入れてるから
聖徳太子の頃から 仏教 神道 キリスト教が影響しあってる >>143さんの言うことが史実であるかどうか自分は分からないが、
そもそも宗教は習合化していくものであり、
習合化している宗教のほうが広く人々の信仰の対象になるのだと思う。
イエスやゴータマの教えの核心部分だけでは多くの人は満足しないし救われない。 >>143
浄土真宗がキリスト教を取り入れてる?
どういうことですか? >>145
両者は「祈りのみ」「念仏のみ」で共通する点が多いって昔から言われてる >>146
共通する点が多いって「のみ」以外に何が共通するんですか? >>147
浄土真宗は「念仏を唱えれば誰でも極楽浄土に行ける」って教えだから、万民救済みたいな点でキリスト教と共通してる、って昔から言われてる
元々仏教は不殺生戒とかがあって、殺生をした者は極楽には行けない(成仏できない)って教えだったから
そもそも浄土真宗は元来、身分の低い者や被差別民の間で人気が高かった
そういう人たちは屠殺をしたり動物の肉を食ってたりしたから、極楽に行けない(成仏できない)ってみなされてた
けど親鸞はわざと肉を食ったりして、そういう人たちへのアピールをして、「あなた達でも成仏できますよ」と伝え、「念仏を唱えれば誰でも成仏できる」と広めた
だから浄土真宗は、身分の低い者や被差別民の間で広まり、そういう万民救済のような面が、キリスト教と共通してると言われる まあ、真宗とキリスト教は確かに似ている。多分突き詰めれば登山のたとえのように
行きつく先は同じなんでしょう。 家族がいない孤男なら信仰を介したコミュニティの中で居場所を見つければいいのでは 資産や金があれば受け入れてくれるだろう、それも無いなら価値のない男など受け入れない。 神を拠り所とすればいいんだよ
あるいは仏教的に言えば自分を拠り所にし法を拠り所にする
コミュニティを拠り所にする必要はない >>154
独りが寂しいのなら信仰を同じくする人同士の輪の中に入っていけばいいじゃないですか
お寺や教会の行事に参加することで仲間もできるでしょう 神はどうして俺をここまで苦しめるんだ?
どれだけ苦しい目に合っても神を恨んだりしなかったし無神論者にもならなかった
苦しむたびに神との出会いを感じてむしろ信仰を強めた
でもさすがにもうつらすぎて心がもたない
自殺するにしても神に感謝して自殺しようと思う 神は私たち人間に寄り添って苦しんでおられる
俺はキリスト教信者ではないけれども、
でも、イエス・キリストって、そういうことでしょ? いつまで苦しまなきゃならないんだよ
なげーんだよ
神が寄り添ってるとか何の冗談だよ 神が俺に悪いものを与えるわけがない
どれだけつらいことでもよくよく考えると神の栄光のあらわれだと思えてくる 神が俺が自殺するよう仕向けているのか神を裏切って俺が自殺しようとしているのか 事故死や病死じゃなくてあえて自殺というのは神の愛のあらわれなのか 人間にとって必要なものだから宗教は存在してるんだろうね 俺は信じてる宗教はないけど人間にはやっぱり宗教は必要なんだろうね 土佐勤皇等とか
ああいう組織いいよなぁ
尊王の精神で生きねばならんだろ 前スレ1だけど、俺はインテリジェント・デザインを支持してる
キリスト教徒だから支持ししてるんじゃなくて、インテリジェント・デザインを考えてたら神を信じるようになった、みたいな感じ
この世は神の存在なしには説明のつかないことがたくさんある 生まれてきたことと生きていることを謝罪すれば神は俺を不幸にするのをやめてくれますか インテリジェント・デザインについて知れば、神の存在を少しは信じられるようになるよ 生きる意味なんか本来ないけど信仰を持てばそれを教えてくれる
信仰ってある意味楽になる方法なんだよね 神を信じるか信じないかという問いが無意味である。
神に対してとる態度が人によって違うというだけの話。
宗教・信仰を特別に持たない人にも、
神はそれぞれに使命や務めを与えておられているのであり、
また、そういう人を粗末に扱うようなことを神はなさらない。
そのように僕は考えます 前スレ1だけど、俺たちを苛めてるのは悪魔だと思う
悪魔は現実に存在して、神と対立する立場にあり、それが俺たちを苛めている
それから守ってくれているのが神様で、決して神様が苛めているわけじゃない
この世は神と悪魔の戦いの場なんだよ >>175
その通り
無宗教ではなく無信仰、もっというなら宗教的無関心と言い換えるべき >>175
試練が長すぎるんだが
いつになったら終わるんだよ 神は、世界の「全体」であるような存在である。
けれども、神は「完全」な存在ではない。
神自身が、私たちと共に、進化の途上にある。
というわけで、
神から独立した「悪魔」のようなものは存在しない。
そして、神は私たちの望みを何でもかんでも叶えてくれるような存在ではない。
というのが僕の個人的意見です。