埼玉をディスる風潮の到来

タレントのタモリが考案したとされる「ダ埼玉」という言葉。

 埼玉の野暮ったさ、田舎臭さを嘲笑し揶揄すること目的とした言葉として知られるが、
この言葉が巻き起こした今の埼玉の運命を大きく変えたと言えよう。

 あながち大袈裟とも言い切れないような、「ダ埼玉」にまつわる話である。
 
時は1980年代初頭。

バブルとは全く関係ないが、この頃、さいたまんぞう という歌手が活動していた。
名前からも分かるように、彼は埼玉を題材とした歌を歌っていたが、あまり売れていなかった。

 彼に転機が訪れたのは、1981年2月26日。その日、タモリが出演していた某テレビ番組で、さいたまんぞうが取り上げられた。
 そしてその頃、タモリが埼玉に興味を持ち始めたと言われている。

 その頃、風俗の愛好者に、埼玉県民など東京近郊の住民が多いことが分かった。
当時の埼玉県民がどれほど風俗を愛好していたかは定かではないが、それはタモリの耳にも入る。