光速度不変の原理についての疑問
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光と同じ速度で動いても観測する光は変わらず時速30万キロで走るとあるが、もう一人、止まったままの観測者がいた場合、その観測者からは時速60万キロで見えるってこと? >>777
馬鹿必死だな wiki出しても無駄だ
>別の物理量
と書いちゃったのが致命傷だったな、馬鹿のどん詰まり。 >>777
>別の物理量
ならば次元が違うから そもそも真空の誘電率、真空の透磁率と呼ぶわけないわな。
別の名称を「別の物理量」と勘違いしてる時点でコピペ野朗の能無し判明。 >>778
>馬鹿必死だな wiki出しても無駄だ
おやおや、馬鹿なおっさんがリクエストしたから
773「wikiにも教科書にも書いてない! 」
引用してやったのに気が狂れたん? ってもともとキチガイかな。
>>779
>ならば次元が違うから そもそも真空の誘電率、真空の透磁率と呼ぶわけないわな。
馬鹿だな。加算してんだから次元は同じに決まってる。
で、次元が同じでも異なる物理量って普通に有るんだが、まあ馬鹿だから分からんのだな。
Wikipedia でも引用しとうこうか、馬鹿なおっさんは教科書並みに信頼してんだろ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/物理量#物理量同士の演算
また、厳密に言えば異なる量の間に加法が成り立つこともある。例えば次のような例がある。
・ 時刻 T から時間 t だけ経過した時刻は (T + t ) である。
・ 高度 H の位置より距離L だけ低い位置の高度は (H - L) である。 >>780
コピペ馬鹿は往生際も悪いな、誤魔化すなよ
>773「wikiにも教科書にも書いてない! 」
日本文も読めんのか wikiにも教科書にも書いてない!のはお前が「別の物理量」だと書いたことだ。
>加算してんだから次元は同じに決まってる。
変に主張を変えたきたぞ、違うんじゃないのかい。 真空でもεの効果は同じだと認めるんだな。(μも同様) 真空の電磁力は何も無い空間の中を一定速度cで作用する「遠隔作用」とかの珍説を
言うやつがおるからな。 >>781
>日本文も読めんのか wikiにも教科書にも書いてない!のはお前が「別の物理量」だと書いたことだ。
なるほど、バカなおっさん日本語読めんのだな。こんなにハッキリ書いてるのに ↓
「真空は誘電体ではないため電気定数は誘電率ではない。」
「真空は磁性体ではないため磁気定数は透磁率ではない。」
>変に主張を変えたきたぞ、違うんじゃないのかい。 真空でもεの効果は同じだと認めるんだな。(μも同様)
バカなおっさん日本語理解できんからな↓ 病院逝けや。
「厳密に言えば異なる量の間に加法が成り立つこともある。」
>>782
>一定速度cで作用する「遠隔作用」とかの珍説を
cで作用したら遠隔作用じゃない。遠隔作用は瞬時に作用するもの。 真空はどの系から見ても無だ。これが光速度不変の意味なのだ。X+Y=0 気体分子が飛び交ってるやん。 その気体分子と気体分子の間の何も無い空間は真空なの?
陽子と電子あるやん。その陽子と電子の間の空間は真空なの? 神はエーテルあれと言った。そして宇宙が生まれた。「光あれ」はまちがいい。 本当に何もない真空=完全な無は、
完全自由、完全ルールなし、最小エネルギーと最大エネルギーの差がほぼわからない
可能性の海 >>787に答えようと思ったが>>788でその気が失せた 真空はどの系から見ても無だ。これが光速度不変の意味なのだ。X+Y=0
これは、深い宇宙の法則の本質を言ってんだが、分かるのはこの日本にはいるまい。 無って、ビッグバンの前と同じってことか?
それとも、どちらかが無ではないのか? ビッグバンの前が「無」の説もあれば違う説もある
無と虚時間とバウンス説くらいかな そもそも無の定義は何だと思うのか。それもはっきりしていないと、同じ言葉につい
て話してるつもりが、お互いすれ違ってるということがあるんだよ。例えば
学問と言っていても東洋では孔子の論語で、学問は身を立て名を上げる修業だと思う
だろうし、西洋では、驚きの宇宙の真理を追究することだ。 だから、「優れた能力が・・・・・・」と言ってきたとき、だから頑張って身を立て名を上げ金儲け。
と言う意味にとらえるのか、将来ニュートンやアインシュタインみたいになれるのかですれ違うのさ。 >>798
定義も調べずに思い込んでる奴が多いからな >>798
「そもそも」って文頭につけるやつは、もれなく全員糞 >>803
そうあなたが主観的に思っている理由を述べよ 自分は光速不変懐疑的なんだが、おまえらのレスみてつい最近Wikipediaで調べたのを思い出したんだが
示量性と示強性
示量性ってのは各要素から全体を割り出すときそのままa+b+c+d=Zとできる単なる量
示強性の方は足し算にならず1/a+1/b+1/c+1/d=1/Zとかなって殆ど各要素と同じぐらいの数値になる強さとか度合いとか性質の非量
なんか静止座標がどうとか位置エネルギーがどうたらとか聞いてて、普通の人間が思う運動エネルギーとか動座標ってか普通に空間を動く概念と違うなって思ってさ
物体の普通の速度=示量性
音とか光とかの速度=示強性
って実は違ってたりすんじゃね?
ベクトルを表す単位だってスカラー性ってか状況によってスカラーを表現するし、それとおんなじ感じじゃね? 懐疑的も何も実験で確認されてるんですけど
この間もスカイツリーに相対論再確認するための時計が置かれたばかりですね
いろんな方法で相対論は確かめ続けられてます >物体の普通の速度=示量性
>音とか光とかの速度=示強性
覚えたてのよくわからない用語を無理に使おうとして痛々しいことになる典型例だな >>807
>懐疑的も何も実験で確認されてるんですけど
例えば? >>806
君がどんなに懐疑的だろうと光速不変が覆ることはないから、疑ったまま一生を終えてください
それで誰も困らないから >>812 とは?
>>808 理解できてない故の発言に見える あ、なる
「」=示○物理量 とか書いて欲しかったわけか。
示○性を持つ速度という意味で、別に問題ないだろ 光は質量が無いのだからニュートン力学のF=maが通用しない
いくら力を加えても加速しないから光速は一定のまま >>818
光速が光源の運動によらないことの説明になっていない。 >>819
光源の運動が力(F)でしょう m=0ならF=0になるから 光源の運動は否定できます >>820
波動にそんなの元より成り立ってないんだけど。 >>818
光そのものが電磁的な力とも解釈できるから
力は力では押せないといえる。 ちょっとぶった切ろっと
示量示強の者だけど、 >>806 に懐疑的って書いといて、書き込んだその時点で既に氷解してたのに自分で気がついてなかった。
連想するまで(書き込むまで)の数刻前までは実際に懐疑派だったんでその流れのまま書き込んでたけど、
「物理量のそもそもの性質が違うのか?」ってピース自体が、自分の落とし処の鍵穴だった。
・質量を持つものの持つ運動量=kg・m/s
・質量を持たない光などの場の粒子の持つ運動量=1/kg・m/s
で質量が分母だと運動量は不可加算(示強)になるんじゃないかな。で、その要件たる速度も不可算になるんじゃないかと。
分母の質量って、ちょっと具体的な数字入れてもらえばすぐイメージつくと思うけど、全体論に見えるんだよね。
全体論的な量なら示強性となるのも解らないこともないし、微小論と全体論と性質が違えば、双方の間の疑念というか言葉にできない矛盾性も納得がつく。
あ、ちなみに光速度が最高速とか、光が事象の中心だとかには懐疑継続中 ものによって運動量の単位が異なるなんて、物理学発祥以来まれに見る斜め上だな
光速不変がどうとか、もうどうでも良くなるわ 光速で動くのは光ではない、全宇宙が時間軸方向に光速で移動しているだけだ。 >>829
あ、これだと確かにそうなるな
運動量はそのままkg・m/s で、質量0の粒子の質量kgが 1>kg 分数 だな。
1/kg は場の物理量で質量ではないな。ついでに運動量でもない。書き込みが不正答だったわ
あと、あらかじめ予防線張っとくと、場の物理量が1/kgっていうのは、
普通の物体の衝突→質量全体の持つ速度が衝突した質量に移る→つまりkg対kgの交換
場→ある物質の場が近くの他の質量(が極度に大きかろうと小さかろうと、その物体の)全ての単位質量に同じだけの加速度を発生させる→つまり他の質量の大きさに関係なく質量の1kg毎に全ての質量に加速度を生じる→場の物理量は1/kg×m/s^2の要件を基本にしている。
あとついでに、全体論的って言った話だけど、1/kg→1>kgにしても問題ない。 なにか「ヒッグス粒子」を観測するタメに=栃木県で研究施設を建設しよう!
って、お話が「また」あるようだ・・・カミオカンデとかスーパーコンピューター
の「京(ケイ)」とか「地球シュミレーター」とか、な。
:一応、この建設費用は=3000億円。 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!
kg<1ってただの1/4とかじゃん
じゃあやっぱり1/kgだよ!
質量0の粒子は1/kgで、運動量になるとき逆数になってkg×m/sだわ
あ゛あ゛あ゛ まじ付け焼き刃だったわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! >>834,838
もういいから、馬鹿は引っ込んでなさい。 二人の観測者が存在する。
一人は物体の左、もう一人は物体の右。
左をx軸の負方向 右をx軸の正方向とする。
二人の観測者が同速度で右(x軸の正方向)へ運動した。
ここで、ガリレイ変換であれば座標がスライドするだけなので
それぞれの観測者にとっての物体の位置は一致したものになる。
しかしローレンツ変換で考えると
ガリレイ変換した物体までの長さに比してγを掛けるだけ
右の観測者なら右へ長さ増大
左の観測者なら左へ長さ増大するので
物体の存在位置が
左の観測者の申告と右の観測者の申告では
ずれが生じることになり
物体の位置は複数存在するといえ
平行世界が出来上がってしまうが
これはあきらかな誤謬である。 >>840は撤回。
二人の観測者が存在する。
一人は物体の左、もう一人は物体の右。
左をx軸の負方向 右をx軸の正方向とする。
二人の観測者が同速度で右(x軸の正方向)へ運動した。
ここで、ガリレイ変換であれば座標がスライドするだけなので
それぞれの観測者にとっての物体の位置は一致したものになる。
しかしローレンツ変換で考えると
ガリレイ変換した物体までの長さに比してγを掛けるだけ
左の観測者なら右へ長さ増大
右の観測者なら左へ長さ増大するので
物体の存在位置が
左の観測者の申告と右の観測者の申告では
ずれが生じることになり
物体の位置は複数存在するといえ
平行世界が出来上がってしまうが
これはあきらかな誤謬である。 長さにγ掛けりゃローレンツ変換になるというのが間違ってるだけだぼけ この人は全く話が通じないので,まともに取り合うと不愉快になるだけですよ >>842
問題の設定がよく分からんが、2台のロケットのパラドックスのことかいな?
2台のロケットの中点迄の距離が、静止系(静止時)よりロケット系で伸びるのは当たり前なんだけど、同時性とか分からんのかな。 乞食の知能ではローレンツ変換は永遠に理解できないというだけのこと 光速度の測定方法にはいろいろな方法があるが、簡単な測定方法として次のようなものがある。
一個のレーザーパルス光を半反射鏡で直行する2方向に分離し、一方を距離L1、もう一方を距離L2の鏡(L1ーL2=Lとなるように鏡を設置する)で反射させる。
鏡L1とL2から戻ってきたレーザーパルス光をオシロスコープで測定し、L1のピーク時点とL2のピーク時点から時間差Tを計測する。
C=L/Tで光速度を求める。
一見正しい光速度の測定方法と思われるが、原理的に光速度を測定しているとは言えないのでは?
その理由
1.鏡を設置するときの距離の測定の原理は、光の速度を基準にしている。
2.オシロスコープの動作原理(時計の原理)は、光の速度を基準にしている。
3.1.と2.より上記の実験は距離L1と距離L2の距離差Lの測定を光の速さを用いてしているだけである。
他にもいろいろな方法で光速度Cを求める実験があるが、どの実験においても距離と時間の測定が絡んでくる限り、光速度を測定しているのではなく、距離を光の速度で測定しているとみなして良いのでは? 物体は悩んでいるうちにどんどん膨張する。
観測者は自身にとって静止している物体Aと物体Bを見ていた。
自身は静止していることを確信した。
しかし、ここで運動している物体Bを観測した。
初めは物体Bが動いているだけだと認識していたが
はたと気付く「動いているのは俺と物体Aではないか」
その想念が頭に浮かんだ瞬間に物体Aはローレンツ変換され膨張した。
しかし、また想念が浮かんだ「動いているのは物体Bではないか」
物体の長さはそのままだった。
また想念が浮かんだ「動いているのは自分と物体Aではないか」
また物体Aはローレンツ変換され膨張する。
以後無限ループ。 >>851
>>843を理解してからレスしろゴミが >>852
はあ?
分からんの?
ガンマ掛けたらガリレイ変換とローレンツ変換の長さの違い出るやん。
ばかですか? >>852
要するに同じ慣性運動してても座標変わっちゃうんやけど。 詞書を並べてるだけ。座標、変換、ローレンツなんちゃら、ギリシャ文字。
こいつは頭悪いな。 >>851
キチガイの妄想に、勝手にローレンツ変換とか名前を使うなよ
ローレンツ変換てのはすでに使われてる言葉だからな
コジキ変換とかにしろ K系において
x=0に観測者K' x=2Lに観測者K''がいた。
K',K''はともにKに対して速度Vで運動する。
x=Lに物体は存在している。
物体の存在座標はガリレイ変換すると
K'系においてx'=L-Vtに存在
K''系においてx''=-L-Vtに存在。
この時に物体はK'系においてK''系においても
観測者からの物体までの距離はVによらず
観測者を平行移動した場合と同じであるから。
観測者間での物体の位置の不一致はあり得ない。
ところがローレンツ変換をすると
物体の存在座標は
x'=γ(L-Vt)
x''=γ(-L-Vt)
である。
逆変換が成立することを考えれば
K系とK'系およびK''系どちらから見ても同じである。
物体の座標はローレンツ変換される。
つまり、物体はガリレイ変換時と比較してK'系の原点からは正方向に遠方に存在。
一方K''系を考えても、物体の座標はローレンツ変換されるので
物体はガリレイ変換時よりもK''系からは負方向の遠方に存在。
ガリレイ変換自体が平行移動と同じ効果を持ち
観測者間での物体の位置の不一致はあり得なかったことを考えると
ローレンツ変換を行うと
K'系にとっては物体はガリレイ変換時よりも正方向へ移動しており
K''系にとっては物体はガリレイ変換時よりも負方向へ移動しており
K'系とK''系では物体の位置として指し示す場所がずれるということが生じる。
同じ慣性運動をしている、要するに座標系を共有しているような状況でも
観測者によって物体の位置がずれてしまうということになる。 逆変換が成立する時点で
ローレンツ変換は破綻する。
何故なら、K系とK'系の関係性がK系を静止系と認識して成立するなら
K'系の原点は伸縮しない座標に存在するのであって
これを逆変換で読み替えられるのであれば
原点間の距離というのは全く伸縮しなかったということになる。
これを一般化するなら運動している座標系でも
任意の座標系を設定すればそれらの座標系の原点間での伸縮はあり得ないので
座標系を無数に接てしてしまえば原点間での伸縮は逆変換の存在を理由に
あり得ないのだから長さの伸縮自体が不可能であるという状況に陥る。 座標系を無数に設定してしまえば原点間での伸縮は逆変換の存在を理由に
あり得ないのだから長さの伸縮自体が不可能であるという状況に陥る。 >>860
逆変換が成立する時点で複数の原点間の長さの伸縮はありませんという話になる。
静止系K系からK'系に変換したとしてK'系という膨張した座標系において
K系の原点を観測したところK系からK'系の原点を観測したときに比して
距離が増大しているというような議論であれば座標系の原点間の距離の伸縮は
あり得るが、
K系からK'系の原点を観測しても速度はV
K'系からK系原点を観測しても速度は-Vとなっている時点で
原点間での長さの伸縮はなかったという話になるので
原点を無限個設定してしまえば、原点間での距離の伸縮自体があり得ないのだから
ローレン変換の議論自体が破綻しているということになる。 失礼、ローレンツ変換は破綻しているということになる。 この人はまともに取り合うと不愉快になるだけですよ
はやく巣に帰ってそっちでやりましょう? こんなところでピーチクパーチク言っても何にもならないのにね
ちょっと相間も可哀想だなって思える 光速が不変なのではなく、光速が一定に見えるように時間の流れる速さが変化すると考えたほうが分かり易い。 あーいいよ君のローレンツ変換出してもそれは結論にはならないから 他人から見たらどれもこれも同じく支離滅裂だけど、本人的には良し悪しがあるのか 誰にも理解できない相対性理論。猿だけがわかる相対性理論 一文目はなんとなくわかるけど
さいっごの式はようわからん、、 >>866
鳥頭、「2台のロケットのパラドックス」をググったとか? >>871
ごめん、算数で習った 道のり=速さ×時間 の式に似てたから適当に書いただけ
さいっごの式は取り消します とりあえず示強と示量の部分については否定のレスがないから、それについては肯定ってことでいいんだよな。
っていうか光速度は定数って時点で示強だし。
とりあえず光速と普通の速度は性質が違うってことね。
同時に自分が言ったのはこういうこと↓
「kg=質量を持つ粒子=微小論的物理法則」「1/kg=質量を持たない場の粒子=全体論的物理法則」と、
質量としての存在がそもそも異なることで、従う物理法則が異なるのが、光速が示強性になる原因ではないかと。
これについては否定ってことね。
でも、貴らがよく語る「観測により事象が歪む」ってまんま全体論的法則だと思うけど。
あと思い出したけど量子って、位置出しても運動量が、運動量出しても位置が出せないんじゃなかったっけ?
これって質量のない粒子が1/kgであれば式上(運動量・質点を同時に)割り出すのが難しくても不思議はないだろうし、全体論なら量子同士のシンクロ性も説明するまでもなく説明できる。
案外、的外れではないと思うんだけどな? >>876
>とりあえず示強と示量の部分については否定のレスがないから、それについては肯定ってことでいいんだよな。
あほ。引っ込んでろ。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています