【量子論】なぜ痛い解釈がまかり通るのか【対間】
>>101 いや,コペンハーゲン解釈でもこんなこと言わないよ じゃ、ID:LOlPlSE7は、ただのアホジイということでw アホと言うな イイ感じにコワれてきてるから、ボケジイ 582 名前:ご冗談でしょう?名無しさん[] 投稿日:2012/08/24(金) 21:28:13.85 ID:LOlPlSE7 >>578 コテ放棄したみたいだし、これからこのマヌケをコペキョークンと呼ぼうぜ このスレの現状ではコペンハーゲン解釈の詳細には踏み込めないな >>19 と>>80 をゆっくりでもまずは読んでくれ 不要な概念は排除すべきでしょ 例えば観測にかからないものを理由もなく考える必要あるか? 粒子が波になってスリットを通過するところは観測にかからないから 粒子が波になるというのは不要な概念だね >>109 不要なものだからこそ抉りきって根こそぎ取り除くべきだ ある解釈なら考えやすいという人がいるなら不要ではない 自分に不要なら潰すというのは只の自己中 >>114 自分の解釈は自分の脳内に留めておくように 他人に強要する方が自己中 >>116 んじゃ、いちいち「自分の脳内イメージで根拠もないが」とでも断ってから言え おまえの解釈は間違いとか二度と言うなカス 別に言ってることは全く理に適ってると思うけど、いちいち仮想敵をつくる必要はあるのかな。 あと、イメージ不可能な量子力学的要素をアドホックに追加しておきながら、自分のが唯一正しい古典的な イメージとか抜かすな どこが古典的なんだよw >>117 ん?オレは他人の解釈が間違いなどと一度も言ったことはないぞ コペは波動関数の位置づけを誤解した解釈なんだよ,といいたい >>121 おまえはコペの本質を誤解しているだけなんだよ ココ電さんが荒らしているスレはこちらですか 量子論自体が事象に対する数学的証明のみでスタートしたのだから≫82さんの態度がオーソドックスなのでは? 12月に期待する仮説の集まりでいいじゃない? >>122 そもそも“標準的な”コペなんてないことをしらないのか? このスレではコペを押す奴はまともな文献を提示することもなく かみついてくるだけだから,詳しく説明するかちゃんとした文献を提示しろ。 それができない奴らの相手をする意味などない。 どうせ解釈なんだから似てれば同類でいいじゃないか 観測で波束が収縮する奴は全部コペンハーゲン解釈の同類 どの解釈だろうと観測結果さえ合えばいい >>126 波束の収縮はコペンハーゲンじゃない この種の誤解が多すぎる >>127 Fuchs-Peresを読めといってる どうせ読む気ないだろうけど >>128 解釈の細かい違いは基本どうでもいい 誤解を解きたいんなら読み易くて納得できるような説明を書くんだな 分かり易かったら読んでやるぞ >>132 じゃぁ読むな 読みたくないモノは読まなければいいよ それで君の気が済むならw どう考えてもコペンはおバカ解釈 ... そこで、観測前に波動関数に従った空間的広がりがあったことと、 観測時点では一点に収束していること、収束の確率が確率解釈に 依存することの3つの実験事実を合意事項として採用する解釈として、 コペンハーゲン解釈が生まれた。なお、確率解釈は、波動関数から 粒子の存在確率が求められることを示しているだけで、 決して波動関数が実在する波であることを否定しているわけではない。 >>134 お前の解釈を勝手にコペン解釈にするなよな 量子力学の問題(全てじゃない): ・対象系に対して同一な実験を繰り返し行う場合に、時刻t1, t1'・・・・における初期量子状態と、 時刻t1+Δt, t1'+Δt、・・・・における量子観測を定義し、これらを用いて初期量子状態と量子観測の 因果関係を統計的に推定すること コペンハーゲン解釈の立場: ・量子力学は上記因果関係を統計的に推定する道具であり、初期量子状態と量子観測の間の時間 t1<t<Δt、 t1'<t<Δt、・・・・における量子状態の解釈を認めない ・特にこの間における個別系の相補的な変数の値について言及を認めない ド・ブロイやシュレディンガーが物質波の満たすべき方程式がシュレディンガー波動方程式であり したがって波動関数は実在すると主張したのに対し、コペンハーゲン学派は 波動関数は実在しないという立場をとって仲違いしたんだがな 言語は人間が持つ五感(所詮マクロな観測)による経験に基づく ミクロの世界を言語で必ず説明できるという保証はない >>140 そのとおり。ミクロ(より根源)を日常マクロ(われわれの知覚認識世界)で比喩しようとすること自体 無理。結局数量的・形式論理的に表現することができるだけ。現代幾何学もそうだろ? それから想像力の問題と記号表現・記号操作の問題は別。 古典物理の学習までの段階で日常的想像力にたよった物理理解をしてきたらつまづいたということか。 古典物理でさえ数学的に理解すれば十分で、あとは余計。物体?実体?んなもん余計な設定であり想定である。 エネルギー、質料、質点はあくまで数学的概念とし、それらに関係形式があるだけだ。それ以上は本来何も言えないはず。 しかしまあどんな抽象数学もモデルとなる素朴なイメージが楽屋裏にある。 本や論文の中には書かないがな。 そしてその抽象から一段下りてきて再度素朴な知覚世界を説明し直すという不思議。 量子論は物理をモノの記述からコトの記述に視点を移した、みたいなことを言ったのは佐藤文隆? >>145 当たっているな。というか物理学の体系の本質自体がもともとそういうものだったという ことだ。物理学(もっといえば自然科学一般)を唯物論みたいに思ってるやつは ずれているということだ。もちろん信念として唯物論をとったってかまわないがね。どっちみち記号同士の関係を記述するだけだから。 だいたい、調和振動子の量子化とか考えたら、波動関数を実在物と同一視なんてありえない >>147 いやだから波動関数を実在物ととらえるような 数学的プラトン主義もアリではあるんだよ。モノ(質点+質量のことか?日常的知覚からくる常識観念のことか?しらんけど) =実在物とすること自体、前提に唯物論が入っている。とはいえお前の言う真意はわかるがね。 複素数も(観念的)実在としてもかまわない。観念論をとればおかしくない。 ただ物理学の体系にとってはどうでもいいことだし、その妥当性要求にもまったく関係ない。 方程式による(数量的)現象の記述つまり数量的記号連関の 記述ということに尽きるとすればこれをもって真理の追究だとか解明だとか いうのはルネサンス人のとんでもない誇大妄想だったということがはっきりする。 単にこういうルールにのっとったゲームにすぎなかったことが量子力学の登場によって明白に露呈したということだ。 文隆さんは、素粒子まで言えばモノはコトと言い切っている また、「生もの」と「乾きもの」という分類の仕方も言っている 電子や光子は「生もの」的だが、調和振動子やフォノンは「乾きも」だな そういうのが余計だということね なんとか方程式を「皮膚感覚」でつかみたいってのはわかるが あるのはただ数量概念を着せられた各記号と各方程式だけだ。分類もそこにしかない。 ホワイトヘッドのプロセス哲学 構造主義 記号論理学 いずれも物ではなく事が本質であり、もっと言えば相互関係が本質であるとみている。 もはや現代の常識的思想観になってしまっている。 東洋思想ではもともと実在観念よりも「間」の観念のほうがメインだったようだが。 文隆さんの本より 物理現象は「生もの」として進行するが、物理学の理論では、「乾きもの」の方程式で表現される。 数学的対象にマップ(写像)して、数学的対象の法則性として表現される。「生もの」では方程式に 載らない。数学という道具が持つ合理性に引きずられて、「生もの」自体に道具の合理性を押しつけ てしまいがちである。道具はあくまでも「乾きもの」が演じる光景であった、「生もの」の世界とは別物の パラレルな世界であることを忘れてはいけない。ただし、道具の振る舞いに同期しない部分を「生もの」 から排除することで両者の齟齬を無限に小さく出来るかもしれない。物理学は、化学や生物と違って、 こういう純粋化の手法を作ってでも、「乾きもの」主導で展開されている。 >>154 物理学者も老いぼれると哲学的な表現形式で自己満足する典型例。 先人や先行研究をrespectできないものは、科学者として認められることはない 生もの,乾きもので物理学の新発見ができたなら教えて。 理論の普遍的な解釈が可能ならば新発見にも繋がるだろう。 フッサールの現象学とやらで「生もの」とやらを直視すれば? 乾きものつまり記号形式化・表現化の流れにいたった経緯なら危機書に書いてあったよ 物理的な意味を掘り下げないのはだめだが 量子系に関する定量化可能な事実が増えた近年に 定量化に結びつかない解釈論がチマタで蔓延してるのは問題だな このスレはなんとも言えんが 市販の嘘やら誇張した表現で書いてあるマニア向けの本が理解しやすいから そうなる。市販の量子力学を書いている本人が素人なのにオマエラみたいな 分かりやすい参考書しか読まない馬鹿が信じちゃうから変なキチガイが増える。 マニア向けって言うのか? 素人向けにすぎんだろ 「量子力学の本」とも言えんが、ひょっとして本当に量子力学の本だと思ってるのか? 見てきたかのように妄想語るアホが消えて正常化したな 経路厨のアホさには笑えたが >>167 夏って怖いね… とりわけ粘着体質ってのがウンザリだった 時間巡行と逆行のフォッカープランク方程式からシュレディンガー方程式への変数変換を勝手に量子化と決めつけ、 波動関数を経路だと言い張り、波動関数で干渉を説明してうれしがってる馬鹿を見た それよりも,定量的なところから 量子論の記述を出発してるいい論文ない? >>172 このスレで読んでいない奴がいるとしたら、単なるSFヲタだろ オレは読んでないしSFヲタだ! 量子関係はブルバも読んでないがな >>173 すらすらと清水を読める能力は前提だが,清水自体は役に立たんスレだよな >>178 って何の話かと思ったらスレタイに対するレスか やっと面白いと思えたわ 何にも干渉してない筈なのにできる干渉縞の謎は結局完全に放置なんだ ブルズアイが難しいように適当に投げても当たらない場所があるってだけで、実際にモノが干渉してるわけじゃないんじゃね? 波動関数が干渉してるから干渉縞と言うに決まってるだろ ttp://www.quant-ph.cst.nihon-u.ac.jp/~fffujita/EinsteinDG4.pdf ↓ 凄いことが書いてあった。 4.1 新しい量子重力の理論 一般相対論は重力場に対する方程式ではなく、計量テンソルに対する方程式で あり、そもそもその物理的な意味が不明である。その物理的に不明瞭な場の量 を量子化するといっても、なんの事かわからないのは当然である。 相間距離は関係ないな。Dirac方程式を単にFoldy-Wouthuysen変換しただけ ttp://www.physics.ucdavis.edu/~cheng/230A/RQM7.pdf ttp://www.quant-ph.cst.nihon-u.ac.jp/~fffujita/ryoshi309.htm ↑ ここの4章と5章を読めば分かるよ Dirac方程式が一般座標変換に対して共変な式にした解説はこれ ttp://www.geocities.jp/etctransformation/dirac204.pdf グーグルランキングでは、「量子力学は物理学でない」と主張する linguistic interpretation が一番人気みたい。 >>192 ググると別物がでるが、これだと思う? ttp://ci.nii.ac.jp/naid/110006408559 ttp://arxiv.org/abs/1204.3892 ttp://ci.nii.ac.jp/naid/110006408559 提唱ナる(提唱する) 慣れた間隔(慣れた感覚) トフジェクトリー(トラジェクトリー) これ信用できるんか? >>190 ttp://www.quant-ph.cst.nihon-u.ac.jp/~fffujita/EinsteinDGBUN.pdf 「アインシュタインの相対論は間違っている。」ことを主張する先生なんだ。 >>188 で導出した水星の近似地点移動の方が正しいと言っている。 これは、元々、重力場で電子の運動についてディラック方程式から求めた 結果を惑星運動に適応しているので、論理飛躍があり過ぎだ。だから変 むしろ、重力場だと、ディラック方程式は >>191 のようになる。 うん、それで相間と言ったら>>190 は相関と間違えたらしい Approximate Foldy-Wouthuysen transformation of the Dirac Hamiltonian in general spacetimes ttp://prd.aps.org/abstract/PRD/v78/i10/e104022 これ読めばいいじゃん 量子化の逆をやって古典場に行こうだよ 波動函数の謎 量子論は、その誕生以来、大きな発展を遂げたが、その基礎の部分 は、依然として、大きな謎に包まれている。 シュレーディンガーの波動函数は、いったい、いかなる(物理)量の 波動を表わしているのかについては、歴史的に、多くの議論を呼んだ が、現代では、Max Born(1882-1970)の唱えた説:「波動函数の二乗は 粒子の存在確率を表わしている」が、一応の“定説”となっている。 Born 自身の証言によれは、彼のこのような波動函数解釈は、Albert Einstein を始源とするものだという。しかし、当の Einstein は 元はと言えば自身のものだった筈のこの波動函数解釈に「死ぬまで 反対し続けた」のだから、皮肉な話である。 よく考えてみると、確かに、「確率(密度)が時空間を波動となって 伝播する」というのは≪おかしな話≫である。 確率(密度)は、決して、〔物理量〕ではないからである。 水波にしろ、音波にしろ、或いは電磁波にしろ、(時空間を)伝播 しているのは、まぎれもなく、何らかの〔物理量〕である。 書物によっては、「シュレーディンガーの波動は、時空間ではなく て、“配置空間”を伝播するのだ」と説いているものもある。 しかし、“配置空間”なるものは、実在の時空間ではないのである から、その中を伝播する波動は実在の物理的波動ではありえない。 その上、光子に伴う波動であるとされる電磁波は、実在の時空間を 伝播するのに、電子等の他の素粒子の場合は、それらに伴う波動は、 実在の時空間ではなくて、抽象的な“配置空間”を伝播するとした のでは、ド・ブロイの本来の“物質波”の思想から、著しく逸脱 してしまう。 とまれ、物理量ではないものが物理空間を伝播するなどということ は在り得ない筈である。 数理体系をしっかりふまえてればふつう変な解釈にハマらない read.cgi ver 07.5.4 2024/05/19 Walang Kapalit ★ | Donguri System Team 5ちゃんねる