■■■釈迦は輪廻転生を説いでない?■■■

1神も仏も名無しさん2018/07/09(月) 03:31:08.13ID:3QvPdAZa
どちらが正しいの?

22神も仏も名無しさん2018/07/13(金) 02:40:51.73ID:fWREgddN
自分より優れた者(仏陀や聖人たち)の智慧への畏れと畏敬の念を持って見て下さい。
自分自身に慈悲を向けている、自分より賢い人(仏陀や菩薩たち)に背を向けないで下さい。
あなたの利益になるからです。

23神も仏も名無しさん2018/07/13(金) 02:42:08.91ID:fWREgddN
科学的思考とは、論理(帰納と演繹)と観測、実験再現性です。
仏教の科学性は、止観の禅に表れている。
禅でやっていることは、観測による確認であるから。
実験再現性は、因果律として確認できる。

24神も仏も名無しさん2018/07/13(金) 02:47:50.98ID:fWREgddN
自我は老いて死にますが、無我は死にません。
本質的に、真理に宗派の違いなどもありません。
それは人間が分別思考で頭の中につくり上げた幻想に過ぎない。

あなたが納得のいく仏陀を、北極星のように目印にすればいい。
必ず正しい道に乗る日がくる。

25神も仏も名無しさん2018/07/22(日) 17:11:19.27ID:wOvBX0JJ
釈迦はまともだな 感覚麻痺の凡俗では解脱なんて考えもしないだろうからなぁ

26神も仏も名無しさん2018/07/23(月) 16:01:48.57ID:Km2/XZlc
獣と人の差 人の大半は獣と変わらない

27神も仏も名無しさん2018/07/24(火) 00:40:07.53ID:VCbeE0mh
ゴーダマはバラモン教社会の輪廻思想
(盗みをしたら来世は牛などの動物に生まれる、人を殺したら虫に生まれ変わるetc)を虚仮(根拠のない迷信)として避難し、
そういったバラモン教観の輪廻を否定、死後の世界も否定、そういった迷信からの解脱を説いた。
病気や障害には医学的な根拠が、
事故には因果律(原因と結果:川で溺れる←川岸で足を滑らす←前日に大雨が降っていた)があると考えた。
前世で悪いことをしたから障害をもって生まれた、賎しい身分に生まれた。だからあいつらは差別して良い。
こんな思想だと差別社会を肯定しちゃう。

ゴーダマは神秘主義者じゃなく現実主義者と捉えていいの?

28神も仏も名無しさん2018/07/24(火) 00:52:37.03ID:zMvxkEja
>>17
仏教がもしもなかったら治安はたちまち凍り付く!凶悪犯罪蔓延って人は微笑み無くすだろう
http://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/psy/1530981699/

29神も仏も名無しさん2018/07/24(火) 08:40:49.50ID:soDXDsfC
>>27
唯物論の観点から仏説を解釈すると、そういう理解にならざるを得ないだろうね。

30神も仏も名無しさん2018/07/24(火) 08:41:47.99ID:soDXDsfC
ところが、仏説は悟りからでた言葉なので、思考から生みだされた哲学とは違う。

31神も仏も名無しさん2018/07/24(火) 08:43:40.17ID:soDXDsfC
>>27
その解釈は、
現代的な知識人や教養人が、その賢い頭で考えたものが
釈尊の悟りと同じだという、無自覚の前提に立っています。

その前提を確認して下さい。

32神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 20:46:37.43ID:mPwnBz6s
>>28
つまり、こういう人たちのための対機説法なんですよね?

33神も仏も名無しさん2018/07/26(木) 09:53:05.77ID:KPfSmY4W
下記の事実を知れば、確実にアノ世も輪廻転生も実在しています。


2000年の少し前頃に発刊され、アメリカで異例のベストセラーになり、日本でもベストセラー、
いまや30数カ国以上に翻訳されて読まれ続けているニール・ドナルド・ウォルシュ氏の『神との対話』シリーズ。

もし本当に「神の存在と恩寵」を確信したいなら、まず正しい「神の理解」が必要です。

そして、その「正しい理解・認識」によって「神の存在の確信」と「安心感ある人生」が可能になります。

すぐには信じがたい話だとは思いますが「運命は全て必然・完璧・(深い意味で)成功のみ」とのことです。

また「我々の魂は永遠に不死」です。

そして、世の多くの宗教は同じ一つの神からのメッセンジャーにより発生したものとのことです。

一見、少し怪しい題名の本ですが、誰にも身近な共通の一つの神様です。

これらの事を「知るだけ」でも人生の絶望が無くなり、最大の財産を手に入れたことになると思いますし、
知ると知らないでは人生の楽さに大きな差が出ます。
(知らずにマトモに苦闘を体験するのも意味ある人生のようですが、真理を知る方が楽で近道だと思います。)

そして、上記の内容を「医学的な奇跡・検証」で証明した『喜びから人生を生きる!(臨死体験が教えてくれたこと)』という世界45か国でのベストセラー本も紹介しています。
もちろん無料です。

《10分ほどで読めて分かる『神との対話』》
https://conversationswithgod.wixsite.com/kamitonotaiwa-matome

34神も仏も名無しさん2018/07/26(木) 17:52:30.11ID:2k0LvPRt
紙との対話は作者の思い込みだぞ

35神も仏も名無しさん2018/07/26(木) 22:37:34.02ID:hc4UmlSw
わろす

36神も仏も名無しさん2018/07/27(金) 10:05:58.75ID:aNNiC6ug
親鸞さんは比叡山や茨城県の稲田で6000〜7000巻にも及ぶ一切経を読破したらしく
なので当然無我についてもよく知っています
その親鸞さんは極楽往生することを望んでいましたが無我なのに一体親鸞さんの何が極楽に往生すると思っていたのでしょう?

37神も仏も名無しさん2018/07/27(金) 11:01:01.38ID:GylMOauH
無我なのに、なぜあなたはいまそこに居るのですか?

38神も仏も名無しさん2018/07/27(金) 12:19:56.86ID:VskrZcWL
>>37
五蘊とか四大が仮設した存在としてここにいるわけであり実体(常住不変)的な存在としているわけではない

39神も仏も名無しさん2018/07/27(金) 23:38:00.81ID:eAGJooGr
>>36
>親鸞
もし本人がそのように言ったのであれば悟りは完成していない。

それと釈迦は旧来の(バラモンの)アートマン説を否定したのであって
アートマンは否定していない。
アートマンの永続性(形而上学)については無記。

無我というより非我という方が正しい。
仏教は専門外なので詳しく説明できないが
仏典にはアンアッタという言葉が残っている。

これはアン=否定、アッタ=アートマンであり
釈迦の方法はむしろアートマンを見つけるものであったと思われる。

40神も仏も名無しさん2018/07/27(金) 23:48:51.97ID:VskrZcWL
【相応部経典 4.六処篇 無記相応 10.アーナンダ経】

 時にヴァッチャ姓(ヴィッチャゴッタ)の遍歴者は世尊のいるところへ行き、世尊と・・・一方に座った。
一方に座り終わってヴァッチャ姓の遍歴者は世尊に言った。

 君、ゴータマ。我(アートマン)は有るのか。

このように言われたが世尊は沈黙していた。

 君、ゴータマ。それならば、我は無いのか。

再び世尊は沈黙していた。

 ここにおいてヴァッチャ姓の遍歴者は座から立って去った。
時にヴァッチャ姓の遍歴者が去ってまだ間もないときに、尊者アーナンダは世尊に言った。

 大徳、なぜ世尊はヴァッチャ姓の遍歴者に質問されて返答されなかったのですか。

 アーナンダ、私がもしヴァッチャ姓の遍歴者に「我は有るのか」と問われて、「我は有る atthattā」と答えれば、アーナンダ、これはSassatavāda(常住論)を説く沙門婆羅門たちと同じになるだろう。
 しかしまた、もしアーナンダ、ヴァッチャ姓の遍歴者に「我は無いのか」と問われて、「我は無い natthattā 」と答えれば、アーナンダ、これはUcchedavādā(断滅論者)を説く沙門婆羅門たちと同じになるだろう。
 アーナンダ、私がもしヴァッチャ姓の遍歴者に「私は有るのか」と問われて、「私は有る」と答えれば、
私は「一切の法は無我である(sabbe dhammā anattā)」という智慧の発現に順応していることになるだろうか。

 大徳、そうではありません。

 アーナンダ、私がもしヴァッチャ姓の遍歴者に「私は無いのか」と問われて、「我は無い」と答えれば、アーナンダ、愚かなるヴァッチャ姓は「先には私に我があったのではないのか、その[我]今は無い」と、ますます愚かになるだろう」

41神も仏も名無しさん2018/07/27(金) 23:55:33.92ID:eAGJooGr
>>40
もしそれを守っているならなぜ>>38と発言したの?

42神も仏も名無しさん2018/07/28(土) 00:04:40.57ID:GYxNz1zn
>>41
守ってないから
自分はただアーナンダ経を紹介しただけ
しかもこのアーナンダ経の内容は本音では釈迦はアートマンはないと言ってるように思えるのだが判断は各自に任せるよ

43神も仏も名無しさん2018/07/28(土) 00:47:29.50ID:QYfnczHj
我思う故に我あり

44神も仏も名無しさん2018/07/28(土) 03:41:08.19ID:pRxDkNLp
穢土便喰いヤハウェ

45神も仏も名無しさん2018/07/28(土) 15:12:41.14ID:9+tsb1vW
>>2>>5 >>6 で結論が出ている

46神も仏も名無しさん2018/07/28(土) 17:51:51.79ID:gIbbd7A3
膿から逃げよ

47dp9 ◆1KaWk8ZRnVxd 2018/07/30(月) 09:50:01.48ID:upnECaQP
私の妄想する宇宙の輪廻

ダークマター(暗黒物質):負のエネルギー、悪魔の領域
ダークエネルギー(暗黒エネルギー):聖なるエネルギー、神仏の領域

ダークマター(悪)が増えれば、現在加速膨張している宇宙はあるところから収縮に転じ、ビッグ・クランチを迎え輪廻する。

ダークエネルギー(正義)が増えれば、宇宙は果てしなく広がり、ビッグ・チルを迎え、永遠の平安(涅槃)が約束される。後には真空のエネルギーのみが残る。

48dp9 ◆1KaWk8ZRnVxd 2018/07/30(月) 09:52:45.18ID:upnECaQP
ウルトラマンは観世音菩薩
宇宙戦艦ヤマトは千手観音

49dp9 ◆1KaWk8ZRnVxd 2018/07/30(月) 09:59:50.52ID:upnECaQP
聖なるエネルギーは人としてこの世に現れてくることがありますが、
概念、芸術作品、娯楽、のような形をとって現れてくることも多いのです。

50dp9 ◆1KaWk8ZRnVxd 2018/07/30(月) 10:05:49.80ID:upnECaQP
このような匿名掲示板への書き込みでも、聖なるエネルギーのなせる技があるかもしれないのです。

51dp9 ◆1KaWk8ZRnVxd 2018/07/30(月) 10:09:36.93ID:upnECaQP
伝教大師最澄のおっしゃる「一隅を照らす」ということは、身の回りだけでなく、
こういう掲示板でのコミュニケーションにおいてももちろん有効です。

逆に「一隅を曇らせる」ような言動は、ダークマター(悪のエネルギー)を増加させます。

52dp9 ◆1KaWk8ZRnVxd 2018/07/30(月) 10:10:53.42ID:upnECaQP
案外単純な妄想ですよね^^;)

53dp9 ◆1KaWk8ZRnVxd 2018/07/30(月) 10:14:41.14ID:upnECaQP
ちなみに私は元女神ですw

54神も仏も名無しさん2018/07/30(月) 21:21:46.00ID:HPnquK7Y
>>47

「元女神」の戯言ではあるがマックス・テグマーク(今はAIの危険性を広報している)の空想物理学("all structures that exist mathematically exist also physically")よりはマシだ
こうした宇宙論を仏教でそのまま取り入れるのは不可能ではあるが、新興宗教あたりに
力を与えないためにも、仏教も考えたほうがいい。実際、科学とのつながりというと最近はヒンドゥー一色となり、仏教勢はたまに援用される程度の勢力と言える

55dp9 ◆1KaWk8ZRnVxd 2018/07/30(月) 21:54:10.95ID:upnECaQP
>>54
空想物理学よりはマシだが戯言にすぎないので、仏教を・・・

その先がよくわかりません。
もう少しわかりやすく言っていただけないでしょうか?

56dp9 ◆1KaWk8ZRnVxd 2018/07/31(火) 12:58:02.54ID:dIEpcQKW
とにかくやはり、私は(修正)武士道を重んじていますが、その根本の理念は仏教であるということに気がつきました。
いろいろと逡巡してきましたが、ようやく自分の最終回答が出せそうな気がしています。

私は職業ミュージシャンですが、大乗仏教=ポピュラー音楽でもあり、自分が希求するものと多分に一致していることにも気がつきました。

理論体系などはまだまだですが、感ずるところには確信を持っています。


武士道の修行、頑張って続けててよかった^^*)

57dp9 ◆1KaWk8ZRnVxd 2018/08/03(金) 03:28:17.48ID:dvXPShdF
身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留置まし大和魂

58長文君2018/08/03(金) 04:32:20.32ID:zA2larxY
>>57
武士道ですか。
その命有り難い。
一隅の決意も有り難い。
ありがとう♪

(*´▽`)/フ

59dp9 ◆1KaWk8ZRnVxd 2018/08/03(金) 10:14:14.28ID:dvXPShdF
>>58
共感していただいたようで、こちらもありがたいです^^*)/

60神も仏も名無しさん2018/08/03(金) 13:10:59.97ID:kFzZi8JS
武士道は日本古来の「潔」思想に儒教と茶道と仏教が加わったものでしょ

潔いとは、「いと清い」、つまり濁りのない様子
儒教は仁義礼智信忠孝、日本では忠孝が一番の仁とされた
茶道は老子の無為自然、道の思想を仏教由来の禅に取り入れたもの
仏教には観念するという考えがあり、全ての物事を受け入れるという意味
道、観念、潔さ、忠孝がリンクして、武士道とは死ぬことと見つけたりという哲学が生まれるに至った

61dp9 ◆1KaWk8ZRnVxd 2018/08/03(金) 14:00:19.60ID:dvXPShdF
>>60
武士道はご指摘の通り、神道の価値観にに加えて、儒学道学、それに朱子学もしくは陽明学の思想を取り入れ、細かい作法や行動様式
を規定しています。
ですが根本の理念は「私心を捨てる」ことであると認識しております。

それはすなわち仏教の思想です。

こだわりを捨てるところから正しい認識が生まれる、偏った心ではなく中道を極めることによって、
武士道の修行は進み、飛躍的に能力が向上するものと思われます。

ただ武士道の欠点は命を粗末にしてしまうことです。時代背景や中国思想の取り入れ方や解釈によって、そういう悲劇も生み出してきました。

「命」の尊さをもう一度原点の仏教に立ち返り再認識することが、現代における武士道の役割と捉えました。

62神も仏も名無しさん2018/08/03(金) 14:27:58.28ID:kFzZi8JS
>>61
そこはそう思う
ただ、
その「私心を捨てる」が「死」につながった箇所こそ、潔く私心を捨てた結果だと考えてる
もちろん仏教の四諦は潔く死を受け入れることではないもんね

63神も仏も名無しさん2018/08/03(金) 14:38:02.38ID:kFzZi8JS
武士道の忠孝も実は嫌いじゃない
日本の君主は幼い頃から、君主とはどう在るべきかを武士道から学ぶことで
君主という立場の重圧と戦い続けながら民に尽くした
家臣としては、その様な立場の君主を尊敬せずにはいられなかったと共感できる
つまり武士はその様な君主に尽くすのを踏まえることで世間に仕えるという無私の職務を潔く全うできた

64神も仏も名無しさん2018/08/03(金) 22:23:31.67ID:CZFv5hdP
>>63
江戸時代などの風習風俗に関する資料などを読むと各時代の将軍 各藩の君主全てがそんな風に考えて治世していたんだろうか。
あなたは日本の精神とくに古来からの武士道を美化し過ぎては?

65神も仏も名無しさん2018/08/03(金) 22:48:23.09ID:Uh6rHv7L
>>64
もちろん全てじゃないだろうしほぼほぼ勢いで書きましたごめんなさい

66神も仏も名無しさん2018/08/05(日) 07:21:00.98ID:/cU2NLOu
粗雑より優秀が良い。
ろ過システム。
武士道は志向性。
生きる意味価値を追求し寿命ないを最大に発揮する。
仏教も似たようなもの。
死を受け入れるか否か?
生死流転の輪廻から外れるけれど、
永遠の涅槃は動かない物ではなく、
化身下生する。

67神も仏も名無しさん2018/08/06(月) 21:38:29.19ID:Rtqpqin1
武士道は支配を尊び忠義を尽くす為に死があったが
潔く受け入れる為に禅を深く理解する必要があった
本来の仏教では支配とは別の縁起の関係性に所属感を転換する違いがある

68神も仏も名無しさん2018/08/07(火) 00:11:22.77ID:1Xio2bZ6
>>67
まあね、
仏教を一つと解釈したら、
似てる武士道から
切り替えが必要な時にはあるね。
忠義は拘りの一つだから。
ただ、出家も在家の商人、農民、職人、乞食、非人、
どの階級も、
存在する以上は拘りの結果として、其処に生まれる。

出家したから拘りが無くなる訳ではないし、
武士道で人間としての忠義を果たすのも、
出家して托鉢に出かけるのも、
飯も食うのも、
内道での解脱が仏教だからね。

クリシュナとアルジュナの会話の様に、
武士が武士道を全うするのは、
解脱に通ずる道だと説かれているけどね。

69神も仏も名無しさん2018/08/07(火) 12:56:59.26ID:NGUgoxV9
>>68
悟りや涅槃の視点から言えばそこに至る道筋は無限だからそうなるけど
それを言い出したら武士道じゃなくても良くなるし
遊び人と仏教は同じとか何とでも言えるから論点が変わってくるのではないかな?

70神も仏も名無しさん2018/08/07(火) 20:30:06.58ID:U+Wh6eKB
>>68
最後の部分はギーターの話だね。

それが意味していることはヒンドゥーでいうダルマの概念で
個人的にどのように考えているかではなく、何をすべきかという法で
普遍的、社会的、個人的な法、性質に従うことで
拘束力を持つヴァーサナーの中和を目的としている。

ただギーターではその部分が争いの肯定だから
喩えだとする見方もあるようだけど。

71神も仏も名無しさん2018/09/05(水) 20:39:43.12ID:vIfRfb7E
■■■釈迦は輪廻転生をといでない?■■■

■■■釈迦は輪廻転生を砥いでない?■■■?

■■■釈迦は輪廻転生を樋でない?■■■??

72神も仏も名無しさん2018/09/16(日) 06:09:15.54ID:NRCUTx8I
    彡⌒ ミ∩
    (´・ω・)ノ   < 先生、教科書の何ページですか?
.__(っl⌒i⌒l
||\   ̄ ⌒'⌒  ̄\
||\|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
||  || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
.   ||            ||

新着レスの表示
レスを投稿する