旧約聖書の写本、どんな批判があるか?

旧約聖書の写本の正確性に対する批判の中でも主だったものは、イザヤ書とダニエル書に対するものだ。
これらの預言書では、キリスト(救い主)に関するものや、世界の終末に時代にかかわる預言が多く含まれているが、
それらの預言があまりにも詳細に成就してきたため、多くの懐疑的な人々から、その真正性を疑われてきた。

質の高いことで定評のあるマソラ本文だが、現存する写本がどれも紀元10世紀以降だということで、自由主義の聖書批評家たちからは、
その内容が原典を正確に反映していないのではないか?と疑問を投げかけられてきたのだ。

別の批判として、旧約聖書の正典全体は、そこに書かれている出来事のずっと後に、伝統的に信じられている著者ではなく、
無名の記者によって書かれたのであり、多くの時代錯誤と誤りを含んでいると、多年にわたって批判されてきた。

この議論の中でも主だったものは、モーセ五書に対するものだが、写本の伝達の信頼性とは若干テーマが異なるので、本記事では追って簡単に解説を加えたい。
そして今回の記事では、写本の信頼性に対する批判として、イザヤ53章で語られている「苦難の下僕」の預言に焦点を当てていく。