>>428
不還果の聖者でも、欲界の自我は消えてなくなっていると思うが
梵天として色界にいるあいだは色貪、無色貪は残っているし、
色界における梵天としての自我はあるのではないかな。

自我というのは、ひとつの完結したパーツではなくて、要素の集合
だから、デジタルに「ある」と「ない」のスイッチを切り替えるように
理解しているとしたら、それはあまりにも概念的すぎやしないかな。