【福音の学び @ への解説】
カトリック教会のカテキズム 426-429 は、その表題に 「カテケージスの中心はキリストである」 と掲げています。
私のささやかな体験によれば、普通のクリスチャンの多くはただ観念的に、信仰による救いか?それとも行いによる救いか?、あるいは行いを伴う信仰によって救われるというのが正しいのか?と、言い争ってきたように見えます。
しかし、“ではあなたは現在、何によって救われているのですか” ・ ・ と真正面から問われると、実はみなさんあまり自分のことについては本気で考えていなくて、びっくりするか、あるいは怒りだしたりするのです。
あなたは本当に救われていますか?と問われて不安になる人もいます。 かと思えば、カトリック教会で洗礼と
堅信の秘跡を受けた信徒に、あなたは救われていますかとは失敬な物言いだと反撃する人もいます。

いちばん大切なことは、ここで取り上げている 「信仰」 とは、イエス・キリストへの信仰であるということです。
それはイエス・キリストの受肉と死、復活、召天という歴史上の出来事を通して、父なる神が現された啓示(救いの出来事/福音)への信仰です。
カテケージスの目的は、このキリストにおける啓示(キリストの福音)を理解し、信じて 「死者の中からの復活に達する」 ことができるように、信徒を教育することです。

そんなに難しいことは理解しなくても、ただイエス様を拝んでいれば、神は愛であるから、結局はみんな救っていただける ・ ・ というのは、「教会が公に言い表している信仰」(ヘブ 4:14)とは全く相容れないもの、「塵あくた」(フィリ 3:8)に過ぎません。