ラマナ・マハルシ他[不二一元論]アドヴァイタ総合16 [無断転載禁止]©2ch.net

1神も仏も名無しさん2017/01/28(土) 23:37:38.40ID:wOb3mQdl
インド古典のヴェーダやウパニシャッドから発展し
中世のシャンカラ(Adi Shankara 8世紀)が思想と学派をまとめたとされる
インド哲学のアドヴァイタ・ヴェーダーンタ(純粋不二一元論)の分野について
難しい言葉の議論でなく、むしろ瞑想や体験など実践的な視点で
結局‘真我探求’って何?とか、本当に‘梵我一如’(真我実現)を会得できるの?
とかを、初心者〜覚者の分け隔てなく、自由に語りあおうという主旨の
「アドヴァイタ関連・雑談その他なんでもOK」の総合スレです

関連書籍やサイトなど >>2-5

前スレ
ラマナ・マハルシ他[不二一元論]アドヴァイタ総合15
http://wc2014.2ch.net/test/read.cgi/psy/1411253168/

58神も仏も名無しさん2018/01/07(日) 10:52:51.59ID:uV+QTRXz
>>55
ラメッシだったっけ?訂正dクス

妊娠中絶のことは丸呑みで信じてるわけじゃないんだが
インドの覚者はけっこうな割合で妙な話は聞くよ
盲信しないように教えと人間性は別として考えるようにしている
(マハルシ、マハラジ、クリシュナなど、変な伝聞がない覚者もいるが)

59神も仏も名無しさん2018/01/07(日) 11:09:20.83ID:uV+QTRXz
>>57
その教えの重要さはわかるけど
現実社会で生きていくなら、他者の行動や言動を観察して、自分はどう判断するか?の基準は失えない
初っ端から>他人のしたことしてないことを見るな
ここを意識しすぎてしまうと、危機管理能力も甘くなったり、変なカルトに引きずられやすくなる

重要なことは、「見ない」のではなく、
「他人の言動行動を見る」「それを自分の主観に取り込んでいたら、自分を見る」
それから、「他者を見ること」「自分を見ること」の意識を観察し
結果として、他者を判断しているのは誰か、自分を判断しているのは誰か
最終判断として、誰がそれを観察しているのか?の視点を持ち維持する。
日々常々、その繰り返しを維持することであって、
一足飛びで「他人のしたことしてないことを見るな。自分のしたことしてないことだけを見よ」に飛びつくのは危険だよ

60神も仏も名無しさん2018/01/07(日) 11:14:05.54ID:uV+QTRXz
58のクリシュナは、ラーマクリシュナのこと

61神も仏も名無しさん2018/01/07(日) 16:57:10.49ID:nY3Q6LEC
  他人の過失をみるなかれ。
  他人のしたこと、しなかったことをみるな。
  ただ、自分のしたこと、しなかったことだけをみよ。
出典:『ダンマパダ』50

 わたしたちは、他人の過失にはよく気がつく。隣人や友人がどんなことをいったか。どんなことをして自分に迷惑をかけたか。いかに約束を守らなかったか・・・・・。
 そういうことには敏感で、しばしば陰口や不平をいうものである。これにたいして、自分がしたことを正確にみることを、私たちは苦手とする。
 私たちはまた、ものごとが思い通りにならなかった場合に、責任を転嫁しがちでもある。
 たとえば、「私が遅刻したのはバスが遅れたせいです」などと、しばしば言い訳をする。
 しかし、交通渋滞の多い時間帯では、バスが遅れるのはむしろ当たり前で、約束の時間に着くためにもっと早いバスに乗るか、地下鉄などの交通手段を利用するかすべきなのである。
 自分がそれらのすべきことをしなかった、という反省はつらく、苦しいもので、私たちは往々にして、しなかったことをみることを避けてしまう。
 それをブッダはしっかりとみるようにと厳しく説くのである。
 その反面、このことばは限りない勇気を与え続けてくれる言葉のように思われる。
 ブッダは、自分がしたこととしなかったことだけをみるようにいっている。これすなはち、行為を問題にしていることばである。
 原始仏教時代の仏教徒にとって一番大切なのは、人がどのような行為をしたかということだった。人は、自分の人間としての正しさを、生まれや家柄によってではなく、自ら行う行為によって証明しなければならなかったのである。
何をどれだけもっているかなどは問題にならない。自分がしたことだけが問われたということは、何とさわやかなことだろう。
 他人を批判することのみ多い現代の日本人が、未だ学歴にこだわったり、拝金主義にとらわれたりして生きている姿に深い反省を迫ることばでもあるようだ。
【参考文献 仏教のことば 生きる智慧 中村 元師 主婦の友社刊】

http://www2.synapse.ne.jp/syouhukuji/bukkyou/012.htm

62神も仏も名無しさん2018/01/07(日) 19:18:42.51ID:uV+QTRXz
>>61
言っている意味はわかるんだけど、そういう仏法の説教じみた話じゃなくて
そもそも他者とは何か?自分とは何か?だよね、不二元論の哲学とは。
極論、自分の行為すらも、そのどこに「自分がいるのか問え」という話。

63神も仏も名無しさん2018/01/07(日) 19:23:41.39ID:uV+QTRXz
>俺も含めてみんなそんな簡単なことすらできてない

これも、簡単なことと書いてるけど、人間であるならば一番難しいことだよ

64神も仏も名無しさん2018/01/07(日) 20:38:54.70ID:B1om3OnM
それだけ言えるならとりあえず覚者(クリシュナムルティやインドの覚者)のことに関して
見てもなければきちんと知ってるわけでもないことを憶測で何か言うのはやめたら?

65神も仏も名無しさん2018/01/07(日) 20:59:39.78ID:uV+QTRXz
>>64
「見てもいなければきちんと知っているわけでもないことを語るな「」と言うと、
ブッダのことを語れる人も誰もいなくなってしまうよw
「何十年も勉強してきた宗教家だからきちんと知っている」というわけでもない世界だからね

66神も仏も名無しさん2018/01/07(日) 21:05:37.13ID:B1om3OnM
仏陀のことだって盲信すべきじゃないのは当たり前でしょ
だから仏教は実践主義だし、あなたも覚者のことをあれこれ言うより非二元を実践したら?

67神も仏も名無しさん2018/01/07(日) 21:22:38.04ID:uV+QTRXz
一つ言えるのは、「覚者だから人格も聖者だとは限らない」ということ
(クリシュナムルティがそうだと言っているわけれはない)
そこを混同してしまうと、「もっともらしいこと」を言う教祖にあっさり騙されてしまうからね

どこのスレだったか忘れたが
「サイコパスと覚者の瞳が似ている」と書いている人がいた
経験上、これはその通りだと思うんだ
もちろん、覚者=サイコパスではない
覚者のような瞳をしたサイコパスとは、善悪に関心がなく、他者に徹底して無関心でもあり、
他者の尊厳を守ることについても無関心である
そして徹頭徹尾、自分のことしか見ておらず、自分が行う悪にも悪意という罪悪感の揺らぎがなく、
その揺らぎがないから精神の不安定さが微塵もない
こういうサイコパス気質といえるような人が(専門家でないので、あくまでも「ような」)が覚者のフリをしたら
かなりカリスマ性のある教祖になるだろう

相手が誰であろうと、
教えは教えとして、人物は人物として識別し、混同して見ないほうがいいよね、ということが
こちらのレスの発端でした
嫌な思いをさせたなら失礼

68神も仏も名無しさん2018/01/07(日) 21:45:49.38ID:uV+QTRXz
っていうか、67をレスしてから>>66を読んだけど、なんかケンカごしだね

追記しておくと、非二元論は、実践の仕方によって性格が破綻しやすくなると思う
精神的に極限まで突き詰めると、善悪が曖昧になるからね

自分はちょっと自分について思うところがあって、おしゃべりできる精神科医の所に通いながら
非次元論に触れてるよ
こういった宗教的なことやその問題、哲学について話せる医者なので、薬は貰わず会話しに通ってる
こちらの様子がおかしいと感じてきたら、薬を勧めてくれと伝えてある
自分について思うことというのは、まぁ医者が心配しているのは
「哲学的な理由で自殺はしないでくれ」ということなんだけどね

その医者が言うには、人間には四種類のタイプがいて
・まったく気づかずに人生を営んでいる人
・気づいたことで人生のすべてを放棄して夢遊病のように生きていく人
・気づいたことで、自殺を選ぶ人
・気づきながら、それはそれとして、またはそれを活かしながら、日常を営む人
これらのカテゴリーに分かれるそうだ
4番目として生きられることが、もちろん一番望ましいことだが、
そうできるための答えも自分(医者)は模索している、
精神科医としてではなく、人間として今一つ言えることは、人には宗教が必要だと語っていたよ
キリスト教であれ仏教であれ、所属するだけでもいいと(カルト以外)

非二元論も、まったく一人で実践するのは、避けたほうがいいと思う
読むのはマハルシの本ばかりで、ラメッシの本は随分前に一度読んだだけだからうろ覚えなんだけど、
仕事をしろと繰り返し言ってたのはこの人だよね、確か。
非二元論を実践するにあたって、仕事が支えになり自殺を防ぐこと、狂気の誘発を抑えることを、
彼はビジネスマンの経験からわかってたんだろうね
(これもうろ覚えだけど、彼の信者が自殺してたこともあったんだったかな)

69神も仏も名無しさん2018/01/07(日) 22:01:58.18ID:B1om3OnM
いろんなこと心配して生きてるんだね
まあ好きにしたらいいよ
あなたの人生であって誰かの人生ではないのだから

70神も仏も名無しさん2018/01/07(日) 22:14:18.57ID:uV+QTRXz
>>69
まーそうなんだよねw
自分という生命体の人生だからねぇ

でもやっぱり、変なほうに巻き込まれる人は少なくなってほしいとは思うよ
他人は他人であり、他人が苦しんでいたとしても、苦しんで見える他者が自分の主観による幻影かもしれなくても

人の温もりや言葉によって、救われた記憶があるからこそ
人と人と結び合った記憶にこだわってしまうんだな
すべての問題を引き起こすのは、他人ではなく、連鎖する記憶だと理解していてもね

71神も仏も名無しさん2018/01/08(月) 00:42:51.69ID:807X4v0r
クリシュナムルティの功罪
https://wc2014.5ch.net/test/read.cgi/psy/1279684587/

72神も仏も名無しさん2018/01/09(火) 10:02:48.31ID:ReoJw5yk
私は他人を見るとき何を大事にしていて、何のためにそれをしてるかを、気にしてるな、関わり続けてるとそれがわかることがあると、してることと大事にしてることとの繋がりがわかり納得する

73神も仏も名無しさん2018/01/10(水) 12:30:07.08ID:g7YkHUoN
クリシュナムルティには興味がなくて読んでないんだが
クリシュナムルティの功罪スレを読んで思ったこと
「私の教えを理解した人は一人もいなかった」
スレの>>763にある、今わの際に遺したというこの言葉
これが真実なら、最上等の至言に思う

クリシュナムルティ自身が実践できてないからだの、信者のレベルが未熟だからだの
そういうことではないでしょ
死に際のこの一文だけで、真理の鴻鵠を射ているのではないか?

教えを理解するものは一人もいない
私の教えが伝わることもない
誰もいないのだから
私の教えは存在しない
教えはない
私というものがいないのだから

自分が生きてきたすべての否定の言葉であり、その否定の先には何もないことを
最期の否定によって、何もないことの証明のみを残したように聞こえる
人それぞれの解釈の違いといえばそれまでだが

74神も仏も名無しさん2018/01/10(水) 13:11:01.27ID:g7YkHUoN
↑訂正レス
鴻鵠× 正鵠〇

75神も仏も名無しさん2018/01/12(金) 09:15:20.49ID:ARSmHu3p
>>72
別に構わんやろ。
ただ自分の脳や身体の仕上がり方を観るだけやし。

76神も仏も名無しさん2018/01/12(金) 10:30:57.01ID:anS2vC/Q
いや、量子もつれのことを言ってるんだろ。
縁は大切だよ。

77神も仏も名無しさん2018/01/12(金) 10:35:19.74ID:QHtivZ1y
まことは、質問されて、妄想から目を覚ます

78神も仏も名無しさん2018/01/12(金) 11:16:32.59ID:anS2vC/Q
幻想に執着し過ぎだな、全てを妄想だとして生きるなら 全ての顕れが作品として成り立たない。クリエーターは作品を表現として大事に生み出すから美しいのに。

79神も仏も名無しさん2018/01/12(金) 11:35:19.96ID:5u9bikOO
>幻想に執着し過ぎだな

ここなんだよな〜
現実の仕事でクリエーターやってから、職業病みたいなもんもある

けど、作品を表現として大事に生み出しているのは誰か、となると
本来、そこに自分は存在しないということになり…

80神も仏も名無しさん2018/01/12(金) 11:48:26.84ID:5u9bikOO
ただ、すべての顕れは作品として成立はしているんだと思うよ
人間の感覚で美しいか醜いかに関わらず

81神も仏も名無しさん2018/01/12(金) 12:44:13.47ID:anS2vC/Q
映画監督にしても、クリエーターにしても、
物作りとしてそこに意味を見出したいんでしょ?記憶に残る作品を。自分は死んでも作品は残る、岡本太郎なんて みんな知らなくても作品は知ってる。凄くない?

82神も仏も名無しさん2018/01/12(金) 12:46:29.39ID:anS2vC/Q
まあ 特別感なんて別にどうだってよくて 生きる素晴らしさ みたいなものがあればいいのかな。

83神も仏も名無しさん2018/01/12(金) 13:46:41.15ID:5u9bikOO
自分は死んでも作品は残る、とは一度も意識したことないや
自分の(と思っている)自我が創り出す幻想を愛していただけ
生育環境からサバイバーだったから、幼少時から自我が創る幻想だけが生き延びる支えだったんだよね
幻想の自覚はあったから、現実生活を見失うことはなかったけど

84神も仏も名無しさん2018/01/12(金) 14:56:24.02ID:anS2vC/Q
主観と客観のバランスだね。どちらかなんてない、どちらも大切。

85神も仏も名無しさん2018/01/12(金) 15:45:40.04ID:5u9bikOO
>どちらも大切。

そうだね
水や風のように流動する主観と客観を、静観することでバランスをとる
未熟な自分には簡単じゃないけどねw 

明治に生まれた仏教の僧侶が、「真理の道は進むほど、一歩一歩、薄氷を踏むようなもの」と、本に記していた
バランス感覚は必須かな

86神も仏も名無しさん2018/01/12(金) 17:06:55.95ID:qlqAUR2J
>>76
それって何ですか?

87神も仏も名無しさん2018/01/12(金) 18:10:26.59ID:anS2vC/Q
量子もつれとは 簡単に言うと 糸のもつれ。
絡まって無理矢理ひっぱると 必ずどこかで歪みがおこる。仏陀の本でも書いてあっただろう?
弦は引っ張り過ぎても 緩めてもダメだって。
あれを量子もつれと言うんだよ。要するにバランスだよ。

88神も仏も名無しさん2018/01/13(土) 00:03:46.72ID:tLS9zut5
>>87
ありがとう。弦って何のことを表してるんですか?

89神も仏も名無しさん2018/01/13(土) 06:22:21.63ID:P04o/LDz
楽器、

90神も仏も名無しさん2018/01/13(土) 06:24:29.82ID:P04o/LDz
確か 琵琶とかそんなやつ。

91神も仏も名無しさん2018/03/28(水) 03:45:10.94ID:XRgABc/o
中道のその例えは全てを表してるだろ
何かをするにも極端ではダメ

92神も仏も名無しさん2018/03/28(水) 18:57:20.81ID:QnnRLE+J
>>68
はえー
俺はどっちかっていうと2番だな
夢幻の世界を生きているつもりだ

93神も仏も名無しさん2018/03/28(水) 19:00:34.55ID:QnnRLE+J
この世界は神がみせている幻覚に過ぎないと思って生きてる
そうすると、出会う色んな人や物は神なんだなあって感じる
だから最近、多神教って究極的には一神教だと考えてる

94神も仏も名無しさん2018/03/29(木) 01:19:20.86ID:H2bQKbru
ムージの動画好きで最近よく見てる
英語わからないからサットサンには行かないけど
あの人の話はわかりやすいから好き

95神も仏も名無しさん2018/03/29(木) 07:10:50.48ID:H2bQKbru
他の人の動画で、ただ無我を唱え続けてばっかりの人いるけどあれがスピリチュアルなのかね
自己は存在しない以外の教えが なくてつまらなかった印象

96神も仏も名無しさん2018/03/29(木) 22:08:09.62ID:H2bQKbru
過疎ってるね…

97神も仏も名無しさん2018/04/05(木) 08:07:08.59ID:XzDfbUI9
>>78
執着してるってことすら夢幻だよ

98神も仏も名無しさん2018/04/05(木) 14:19:28.01ID:K3SOAwep
>>20
世俗的な話をしてるのか宗教的な観点から話してるのかによるでしょ

99神も仏も名無しさん2018/04/05(木) 14:21:21.74ID:K3SOAwep
真我と神は同義語なんかな

100神も仏も名無しさん2018/04/05(木) 15:03:18.01ID:GKCcM9lr
ラマナが10人を覚醒させ、その10人がまた10人を覚醒させると100人
あっという間に地上は覚者だらけになるはずなのに

101神も仏も名無しさん2018/04/06(金) 00:09:22.73ID:Fc7yQA7V
それはあなたの思い込みです

102神も仏も名無しさん2018/04/06(金) 00:11:33.02ID:Fc7yQA7V
マハルシは沈黙こそ雄弁とおっしゃっています
マハラジも日の出を昼と勘違いして知識を言いふらすなと言っています
教えが自分の中に浸透するまで時間がかかります

103神も仏も名無しさん2018/04/06(金) 21:04:00.74ID:Fc7yQA7V
他人のことに目を向けている暇があったら自分の事をすべきです
あなたが何をしようと神の思い通りにしかなりません

自分にかせられた義務を遂行するべきなのです

104神も仏も名無しさん2018/04/17(火) 20:19:52.97ID:2Cb3vpFH
現実のことは神に明け渡すしかない

105神も仏も名無しさん2018/04/21(土) 17:46:38.71ID:BXVPoMJx
>>68
ラメッシは、人間に自由意思はないという立場で、
受胎(conception)の時にすでに運命が決まっており、
何が起こってもそれはその個体の運命と言う立場。

>The organism is not the doer, that whatever happens is part of
>the functioning of Totality, and that that's the destiny of this organism.

>"There is no way I can control the consequences. Life is an impersonal
>flowing and I cannot control either my life or anybody else's life."

>However much we think and believe that we're living our own lives,
>the fact of the matter is that our lives are being lived.

>The choice is not really his. The choice is made for him at birth,
>at conception.

106神も仏も名無しさん2018/04/21(土) 18:38:08.61ID:BXVPoMJx
>>95
本で読んだ知識だけど、
無我と言っても、何にも意識が集中していない状態は
熟睡しているときと同じでignoranceな状態(鈍性)らしいよ。

107神も仏も名無しさん2018/04/22(日) 10:35:53.91ID:TkHC8uEO
>>95

>>106の補足
>無我
真我に溶け込んで無我になるのか、
その前段階で親しみのある神のイメージに溶け込んで無我になるのか、
他の瞑想の対象に溶け込んで無我になるのか、
目の前の仕事に没頭して無我になるのか、
その辺の一番大切な説明や手順が抜けてるか見落としてるんじゃないかな。

>自己は存在しない
このスレやこのレスを見てうなずいたり
反発する気持ちが生じるということは
自己(自我=心)が確かに存在している証ですが、
心は思考と感情の束と言われており
実体がなく非実在であるものの、
目的地にたどり着く途中までは
samskara(過去の個々の印象)やvasana(samskaraの
蓄積により形成される潜在的な傾向、性向)が詰まった乗り物で、
その乗り物をきちんと管理して「自己が存在しない」境地を
目指しましょうということではないでしょうか。

ダルマを固く守るとか
自我意識や執着、欲望、憎悪などの心を形作るものを
生贄として差し出すとか、目的地にたどり着くまでの
霊性修行で済ませておかないといけないことが
たくさんあるでしょうから、
結論(到達点)のお話しがそのまま聞く人や読む人に
当てはまるわけではないと思います。

不二一元論はスピリチュアルのかけらも存在しない大本に
戻る(融合する)ことを目指した教えではないでしょうか。

108神も仏も名無しさん2018/04/22(日) 11:26:44.12ID:+hPVOfwc
きたあああああ

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