ドストエフスキーの戦争賛美

 さらにドストエフスキーは『作家の日記』にて、「逆説家」という人物の発言を引用する形で
「現代の平和はあらゆる点で戦争に劣っている」という、戦争を平和の上に置く「逆説」を展開しています。
この戦争賛美の言説を批評する前に、まず、ドストエフスキーが当時のロシア社会をどのように分析していたかを
見ておく必要があります。
 ドストエフスキーにとって、19世紀末のロシア帝国は、特に農奴解放令が出てから、西欧近代の価値観が科学技術や経済と共に流れ込み、
旧来の伝統秩序や信仰、民族意識、同胞意識などが解体していく時代でした。農奴解放を偉大な事業としてドストエフスキーも評価しては
いるのですが、同時に、解放された「農民」たちは、土地を今度は借金をして手に入れなければならず、また、近代的な経済改革が社会全土で進み、
他国の資本が流入することで富の格差が急激に広がります。
今で言えば「国際金融資本」の浸食による共同体の堅いですね。ミール共同体と言われた農民を含む庶民の共同体は、資本主義の発展と、
「個人の自立」のなかで解体していき、共同体の根本をなしていたロシアのキリスト教伝統もその力を失っていきました。経済的恩恵に与れず、
或いは失敗して霊悪した民衆の中には酒におぼれ酢悪癖が目立ち、社会のモラルも解体していき、逆に弁護士や裁判所がすべて法律に基づいて
物事を処理していくようになります。