昭和五十六年八月下旬、ある十八歳の少年が集団暴走行為をしたとの嫌疑を受けて警察署に呼ばれ、警察官から調べを受けました。 最初の取調べで、少年はまったく身に覚えがなく、アリバイまであるので、必死になって弁解しましたが、警察官は耳を貸そうとしません。そこで、二度目に警察に呼ばれた際、友人と相談し、身の潔白を晴らす証拠として不当な取調べの様子を録音しておこうと考え、小型のカセットレコーダーを隠し持って行き、午前十時ごろから夕刻まで取調べられた状況のうちの最初の一時間を録音しました。

その反訳の結果が法律雑誌に掲載されていますが、これを読みますと、警察官は、たとえば、「その疑いがあるから呼んでるんだよ、お前」 「お前、自分で走ってて否認すんのか」「お前、留置場に放り込むのは簡単なんだから」「お前らねぇ、 全然法律のこと知らないからねぇ、そんなくだらないこと言ってんだよ。そんなにねぇ、甘くないんだよ」 「待てよ、この野郎」「おい、お前! なんてんだ!」 「柔道場へ行くか? 道場へ行こう、チョット」 「野郎!関係ないんだよ野郎!言うんじゃネェお前も。お前はこっちへこいよ。お前は冗談じゃないよ。お前がいくらがんばったってねぇ、通りゃしないよ。こいっ!あがれ!」「とぼけるんじゃないよ、お前、 伊達粋狂でお前の名前を出すんだよ。だてこの野郎。 ふざけんじゃねえヨ、あんまり・・・・・・」
「この野郎」「馬鹿」という声を実に四十九回聞くことができました。
刑事裁判を見る眼 渡部保夫 元裁判官