北山修を語るスレ
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新しく立て直しました。大変申し訳ありませんでした。
フォークル、作詞活動、精神科医と様々な面で活躍した北山修氏について語ろう。 彼はどんな手を使って九州大学教授の座を得たんだろう? わいの地元福岡だから数年前までサムが近くにいたかと思うと嬉しい ふるさと
このキーワードが若い時の北山修に何が影響したのだろう? 府立医科大卒だよね?
すんなり旧帝の医学部教授になれるとは思えない。 >>5
いきなり医学部じゃなくて教育学部に潜りこんだんじゃなかったっけ? 研究論文などを書いていてそれが認められたからでしょう。
いやしくも国立大学なんだから、研究実績があることが採用の大前提。
彼自身も臨床医だけでなく大学での研究の方が自分に合っていたんでしょうね。 大学の教授選考は、公募としながらもほとんどが出来レースと言われている。 >>4
ふるさと…って言葉、当時の北山が書く詩の殆どに使われてるよね 初めて買ったレコード又はカセットテープが北山修作品集のカセットテープだった
その中に入ってた「風」を聞いたときは感動して何度も繰り返して聞いたなあ >>10
「青年は荒野を目指す」
「風」
「さすらい人の子守歌」
「花嫁」
「白い色は恋人の色」
「さらば恋人」
他にもあったかな、「ふるさと」が出てくる歌。 >>12
この道、僕を呼ぶ故郷、なんかにもでてくる。 フォークルの3人の中ではトノバンだけがイケメン扱いされてるっぽいけどサムもそこそこイケメンじゃね?
個人的にだけど。 名誉教授だからなのか、な〜んか威張った感じだからこの人嫌い ふるさとという言葉は自分自身で青春歌詞集で触れてるよな 作詞家としての質は高いようですが、大学教授(学者)としての質はどうなのでしょうか? >>21
なにしろ精神分析学という特殊な分野なのでその分野での彼の評価を我々が知ることは
難しいですね。
ただ以前あるコンサートの一部で彼の講演会があったんですがその際、「僕の授業は面
白いって評判がいいんですよ。」とは言ってましたけどね。 Google scholarで、彼の論文の引用回数調べたんだけど、論文あたりの回数が1回とか2回が多い。
きっとそれも自分で自分の論文に引用した可能性があるから、彼の論文を読んだ人は査読者くらいでは?
あれだけヒット曲を生み出しても学者としては疑問符がつきます。 九州大学の名誉教授になれたのは作詞家、歌手としての実績が評価されたのでしょうか? 23だけど、Google scholarで確認したら1、2回と言うことはなかった。失礼。
ただ一桁がほとんどと言うのは寂しいかぎりです。 でもこの人の精神分析学の解説は分かりやすい。
「コブのない駱駝」は読むべき。 だから学者(研究者)ではなく評論家君なんだろうなぁって思う。 実際この人はアーティストとしてと精神科医としてと名誉教授としてのどれで一番有名なの?
俺はフォークルで知ったけど。 >>28
関西の超一流中高一貫校出身なので京都府立医大卒の学歴が許せなかったんじゃないのかなぁ?
そこで目をつけたのが旧帝国大学教授の肩書きに目をつけたんじゃないのかなぁ。
そういう人だろうからあんまり学問には興味なかったんだと思う。 この人のイメージは、繊細だけどおおらかな人って感じなんだが実際はどんな人なんだろう はしださん亡くなって、またガックリきてるだろうな… 曲先か詞先か知らないけどはしださんや筒美さんのメロディにぴったんこな歌詞が素晴らしかったな。
はしださんも素晴らしい詩人に恵まれて嬉しかったろう。 九州大学名誉教授としてはしださんの死をどう考えているのでしょうか? 加藤さんがなぜ亡くなったのかも名誉教授であり精神医である彼のコメントを聞きたい。 北山さんは「本当に『ただ風がふいているだけ』になってしまった」とコメントされていました。 他の二人は幸せな人生ではなかったように見えるけど、この人は地位も名誉もお金もすべて得て、ただひとりだけ幸せを満喫している感じがしますよね? 「フォークル節」のライブ音源を聞いたら、北山さんが「丈夫で長持ち金ちゃんが」と歌ってて
確かに丈夫で長持ちだなーと思った。 >>38
自己顕示欲が凄まじく強いよねー
作詞ははしださんじゃなくこの人だよね。 フォークルのCD、「紀元貳阡年デラックスバージョン」付属冊子の、はしだのりひこ との対談ってどんな内容だったのでしょうか? いつも幸せすぎたのに 気付かない二人だった
ここ好き >>46
参列するでしょうね…
二郎さん、越智さん…
ミエさんも来てくれるといいですが サムは仕事で葬儀に参列できなかったと…。
てかのりちゃんについてテレビで何も流れないとかありえん。 葬儀でピンクの戦車やってほしかったな
しかも
わざとコード間違えて… >>29
「コブのない駱駝」に書いてある。
関東では実証主義の観点で彼の専門とするフロイト派精神分析は力を失い、関西はユング派の牙城だった。
そうした中で、九大の教育学部だけが関心を示してくれたって。
時流としてみれば、選んだ分野は良くなかったが、「拾う神があった」ということ。 サムは少々音をはずすときがあるが結構いい声してるよね。 >>52
抑揚がないよね?
あの素晴らしい愛をもう一度の2番とか >>54
いやいや、味ですから
たんに下手ってのとは違う >>48
九州大学名誉教授は昔の仲間が亡くなっても葬儀に出られないほど忙しいんだろうなきっと。 歌下手くそのくせに客に歌わせようとするじゃん。コイツ。
オフコースみたく自然と客の方から合唱が始まるのは許せるけど。
強制するけど客が誰も歌わないのが笑えるよ。
客に歌わせたいならお前がもっと上手くなれ。
練習しろ! >>611
精神科医で心理学者なのに人の気持ちが分からない人っているんですね(苦笑) 2002年に加藤和彦と坂崎の三人でフォークル再結成したとき、自分は精神科の医師だから患者さんの心情を考えて顔出しNGだったよね?
いまも精神科医なのになんで顔出しNGにしないわけ?
説明してほしい。結局、スカした野郎なだけではないでしょうか?
のりちゃんの葬式に行かなかったのも忙しい自分を演じてただけではないでしょうか? 現在の北山は精神科医でも大学教授でもないただのフリーターだからテレビ顔出しオッケイ
のりちゃんの葬式には行けなかったが亡くなった翌日に弔問に訪れている 2010年の九州大学の最終講義はNHKで放送してたよね。
そのあと、南こうせつ、杉田二郎、坂崎とかたくさん集めて九州大学で退官コンサート開いてたじゃん? あれは何なの?
あのときは患者さんがいたのでは?
2010年3月より北山医院(現、南青山心理相談室)の顧問をやっていた。
この人は不可思議でならないけどね(╹◡╹) >>65
自分は他のメンバーと違ってエリートなんだとアッピールしたいだけだろ
許しやれ >>63
「コブのない駱駝」で言い訳してる。
精神科医は患者に対して無地でないといけないから、個性を消さなければならなかったと。で、70歳になるから、そろそろ自分を語ってもいいと思ったとり
だけど、精神科医をそういうなら、そもそも精神科医で音楽活動などしてはいけなかった訳で、彼の人生は矛盾そのものだ。自己診断では「二重性」としていふが。 なぜ実績がないのに九州大学でアカデミックポジション取れたのか?
なぜ実績がないのに九州大学の名誉教授になれたのか?
論文の被引用回数見るとそう思うけどね( ^ω^ ) >>68
きっかけは、九大教育学部心理学の准教授だからね。学術博士でなくても、得られるポストだったよ。 一応、京都府立医大でPh.Dは取ってるんじゃなかったっけ? >>71
分かりません。
国会図書館のDBで調べてみましたがヒットしませんでした。
誰か知ってる人いますか? >>68
九州大学の名誉教授になれたのはフォークルや作詞の実績が評価されたからかも知れないね >>70
京都府立医大とは、札幌医大に行った時点で切れているかと。
それに九州大学のHPでは「医学博士」とあるが、最近は「博士(医学)」を使うだろう。
Ph.Dではなくて、Medical Doctorなんじゃないかな。
ちなみに、医学部教授と言ってもコミュニケーション論で医者でなくても就任は可能だろうし、九大での本業は「人間環境学府人間共生システム」だ。 >>74
気になったんで、国会図書館の博士論文検索で見つけたよ。
「はかなさ、その美しさと危険」というタイトルで、博士(医学)とあり、授与大学名は京都府立医科大学。
ただし、授与年月日は、平成16年11月5日! つまり2004年だ。
彼は1994年に九大教育学部教授、2001年に九大大学院医学研究院教授も兼務している。しばらくは、博士号無しの教授だった。 サムは大学通ってた頃、今でいうメンヘラ女につきまとわれてたらしい。(「コブのない駱駝」より) 凄い!
博士号なしで旧帝の教授になってたんだあ。
よっぽどのコネでもあったのかね(笑)
流石に業績無しでは九州大学医学部で博士号は取れないだろうから母校に泣きついてショボい成果で論文博士ですかね。
だけどこんなのでも九州大学名誉教授になったんだから大したものですよ。
どんな手を使ったのか知らないけどね(笑) 2002年の再結成時、
患者を配慮して顔を遠巻きに写す…というのは自分も疑問に思った。
その後も足柄金太と名乗って再参加したり、本当に患者の命というか、
人生(精神)に影響を与える可能性があるのなら、自粛すべきでは。
患者は一人ではないのだろうから、医師の判断「もう大丈夫。」と言えるものでもないだろうし。 アルフィーの坂崎氏のk's transmissionに出た時に講義と題してのトークで
死後の世界があるとか、あの人は今天国で喜んでくれている…とかいうのは、
生きている人間の思い上がりでしかなく、その先は何もない…という事を言っていたけれど、
個人的な死生観を語るのも、無宗教みたいな日本では騒がれないけれど、
信仰心の強い国では色々問題があるし、ああした話を聞くと色々、残念に思った。 九州大学名誉教授授与規則を調べてみました。
九州大学の教授として十五年以上在職していると名誉教授になれるようです。
1994年に教育学部の教授になっていて定年退職が2010年3月だからギリギリだけど権利があったことになる。
非常に運がいい人ですよね。 この人はフォークル解散時には「大人が作った常識を破りたい。」や、フォークジャンボリー観覧時は泥酔して道端で寝ていたとか、
「戦争を知らない子供たち」みたいな歌詞を書いたり、当時は色々と喧嘩もしたみたいで、
若い頃はこうした医師とは対極に在るかのような、歌詞を書いて言葉を司るから、
熱血漢みたいなイメージだったんですが、(話し方等は寧ろ作曲オンリーの加藤氏の方が医師っぽい)
時を経て、色々と、変わっていったんですかね。 定年退職日から逆算して名誉教授になるためにロビー活動とかしてたのかな? 医師になる前から大量の著作物を出していて
若い頃から文章力があった。
戦争を知らない子供たちの本を買った事がある >>84
大学教授(学者)としてはどうだったんでしょうか。
原著論文の数は少ないと感じますし、Citation Numberも少なめだと思います。 ワロタwwwww
「はかなさ、 その美しさと危険」
篠原涼子
「恋しさと せつなさと 心強さと」 >>83
もしそうなら博士号も持ってないくせに抜かりがない人だよね(笑)
だけど、博士号持ってて実績もあるのに助手(現在の助教)が多くいる中、日本の大学はこれでいいのかと考えさせられるものがあるなあ。 どんなスレかと見てみたら
ジジイどもが、「北山博士」に嫉妬しまくっているだけじゃないか
しかも、いい歳こいて、草生やしたり、こいつ呼ばわりしたり
馬鹿か、君たち? >>89
同意。まったくみっともないたらないよね。
それほど北山のキャリアって羨望するほどのもんかね?
世の中に大学教授なんて掃いて捨てるほどいるしそのクオリティーもピンキリでさ。
俺は人文系の学部を出たけどその「教授」たるや、人格も含め酷いものだったよ。
北山は理系の学部だから文系に比べたら昇進のプロセスなどまだマシでしょう?
ここで北山にしつこく粘着してる奴ってのはこれまでクソみたいな人生を送って来た
ことを自ら曝け出しているもんだよな。早くそのみっともなさに気づけよ(笑)。 >>90
九州大学教育学部心理学系って、理系なのかしら? >>91
医学部出身なんだから文系に行きようがないだろうが?
最後は大学院の教授でしょう?精神科専攻なんだから理系以外ある?
教育学部って言っても数学科、物理科等理系を含んでいるし。
しかしこだわるな、落ちこぼれ君(笑)。悲惨な人生だったんだね、察します(笑)。 九州大学で長年博士号なしで教授やってたのに何で九州大学で博士号取らなかったの?
なんで京都府立医大学で博士号取ったの? >>95
気持ちはわかる
でも、こういう連中が大量に生きているのが、今のこの国のありのままなのかもな まあ、北山修も突っ込まれやすい人生だったということかな。
あれだけいいとこ取りの人生なら、そういう綾があっても仕方がない。 定年間際にPh.D取ったのは何か理由があったのでは?
規則では十五年以上九大教授とし在職し、功労があった者となっている。
だから問題はないはずだけど教授の中にはうるさい人もいるだろうから、名誉教授を決める教授会で「博士号を持っていない人に名誉教授を与えるのはいかがなものか。」などと言う人もいるかもしれない。
だから念のためにPh.Dを京都府立医大で取ったのかもしれないね。
あくまでも推測です。
本人が事の成り行きを説明してくれると楽なんだけどね。 他人には人の事情は分かりかねるから自分で説明してほしいということです。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています