南海ホークス30
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畠山は水野羨ましかっただろうな。ジュニアオールスターでは笑顔で対戦だったけど内心嫉妬が凄かったろうな あの頃の巨人と南海なんて、同じぐらいの学力やのに京大と近大に行かされるぐらいの差はあったろうな 愛甲も畠山も投手で壁ブチ当たるなら
大学か社会人行けば良かったな 畠山は公立高校で甲子園優勝したのは偉業だが、同学年に荒木大輔がいて話題を持っていかれたのが悲運だった
今だったら準々決勝で早実に圧勝した時に、池田空気読めとか、畠山最低とか言われてただろうね 愛甲と金村は重なる
甲子園優勝からパの球団に入団して「投手じゃ通じない」と野手転向して
野手では一流半位の成績という >>249
最初から野手転向前提の金村と
入団早々3年間で相当投げてる愛甲とはちがうだろ
元アレでベラベラしゃべるのは重なるが 畠山は引退してホークス関連の仕事してるっけか
横浜ばかりな気がするが
岸川とかは福岡で解説者してるけど 香川、畠山、西川と学生野球のスターを入れまくったのに晩年下位だった南海
シブチンだとか言われてるがアマ球界の目玉を率先して指名とはスカウトはミーハーやったんやな >>252
西川は甲子園優勝投手で六大学の連勝記録まで持っているのに
スターという感じがまったくしなかったなw良くも悪くも >>252
外れたけど岡田彰布と清原も指名していたね
清原は交渉権とれても当時の南海じゃ多分入団拒否しただろうが
岡田は「在版球団ならどこでも入る気だった」そうなので入団してくれたはず 岡田は南海でも結局ブレイザーとウマが合わない運命だったのか
それともブレイザーが阪神の監督を継続したのか
というか南海って野村色の濃すぎるブレイザーをよく招聘したよな
あの事件から数年しか経ってないのに >>255
江本がこう言ったら小津がブレイザーに決めたそうだ
江本は一選手の意見を本当に取り入れてくれたんで驚いたとか
>小津は、江本に対し「タイガースの改革に、一番必要な物は?」と、意見を求めた。
>江本は「フロントにゴマをすって、長年コーチをやってる奴が居たりする。実力のみで評価出来る人を監督に>呼んで下さい。それも、本当に野球を知っている人をです」と、忌憚のない意見を述べた。 あの件はどんでん個人というよりも、フロントとそして何よりも
圧力団体ないしはフーリガンとの問題だからなあ
ってか、ヒルトンやブレイザーの自宅に脅迫状や剃刀入りの封筒送りつけるって
本場イングランドのフーリガンもようやらんぞ
コロンビアの麻薬カルテルよりは多少はまともだが >>255
元々67年にブレイザーを呼んできたのは鶴岡だし
ブレイザー派(藤江・市原)と沙知代派は完全に別物だしな >>229
田辺の飲み屋街が和歌山市なみ
本当なの?田辺って人口3万くらいの小bウい町だろ >>257
妊娠中の妻と一緒のヒルトンの車を取り囲んで
罵声を浴びせたり蹴ったりしたという狼藉をやったのもいたらしいな。 >>253
地元大阪出身
PLで3年春のセンバツ優勝投手
法政大へ進学(東京6大学では鶴岡の影響もあって南海でも唯一パイプがあった)
84年ロス五輪金メダルメンバー
こう書くとアマチュアではかなりな大物にも思える >>261
大物
そしてプロ向きじゃなく、社会人の名選手タイプだったと思う
なんとなく同年代の大昭和製紙北海道の渡部勝美っぽい投球スタイルだったし >>261
大物
そしてプロ向きじゃなく、社会人の名選手タイプだったと思う
なんとなく同年代の大昭和製紙北海道の渡部勝美っぽい投球スタイルだったし
80年代の話はコアな鷹オタでないと藤本博史と藤本修二の区別も付かないと思う
――
//gendai.ismedia.jp/articles/-/34806?page=2
駒田徳広「“無死満塁で敬遠”伝説の真相」
二宮:?それが伝説となっている高校時代の「無死満塁での敬遠」にもつながっているんでしょうね。
駒田:?…先発の僕が乱調で2年後にダイエーに入った藤本博史に満塁ホームランを打たれてしまったんです。2度目の満塁での打席では5点差ありましたから、今度はしっかりと勝負してくれました。
それで、僕はホームランを打ったんです。でも、結局その後のピッチングがダメで、8−13で負けてしまいました。その試合後に、天理の監督が僕にホームランを打たれたことについて「だから、全部歩かせていいって言ったのに」とコメントされたんです。
それで1度目の満塁の時の押し出しが「歩かせた」と。でも、キャッチャーが立って明らかに外してきたわけではなかったんです。
>>265
この記事は右田雅彦から駒田がホームラン打ってるけど右田一彦だよな
右田雅彦は左で打っても右田の人だから野手やんと思った >>265
どっかの無知アナが
藤本修を藤本オサム ついでに佐藤誠を佐藤マコトと読んだ
と憤慨するパ・ファンの投稿を見たな さもありなん
あと 藤本ヒロシが入ったのは南海なんですけどね…
駒田さんもとりあえずおつかれ 西日本スポーツの藤原回顧録
https://www.nishinippon.co.jp/nsp/item/n/865876/
ものすごくマイルドにしてあるとは言え
この時期のことについて藤原が直接証言するのは珍しいわね >>268
そんなにマイルドかな
あれの暴虐ぶりを南海ファンでなくても読んでハラ立つような調子で語っていると思うが
とってつけたそのもので「かわいがってもらった」などといってはいるが
「かわいがる」といっても角界のそれだろう
目をかけられたのではなく目をつけられたんだろうなあ 奥様もお気の毒に
嫌なニュースばかりの昨今であるが あれが今ごろ地獄でのたうってると思うと
多少はマシな気分になる 現在も過去もホークスはパリーグの読売やな
パリーグの君主や。
1リーグ 1946 1948
パリーグ 1951 1952 1953 1955 1959 1961 1964 1965 1966 1977
1999 2000 2003 2010 2011 2014 2015 2017 2020
日本一 1959 1964 1999 2003 2011 2014 2015 2017 2018
2019 2020 >>268
私たち夫婦「は」てのが他にたくさんとんでもない目にあったのいるのわかるな・・・ >>268
南海時代を直接知る選手とそうでない選手のノムに対する温度差は大きいよなあ
藤原は「公私混同するオバハン」のことでノムに直談判した1人だから、かなり目をつけられてそうだが… >>273
直談判トリオで江本と西岡はトレードで追い出されたが藤原だけはなぜか残ったんだよね これまで実際に選手として現場を見ていた当事者が一体何が起こったのかこぞって口をつぐんでいたからな
それなりに知名度も高い発言権のある選手も多いのに
野村もサッチーも死んだ今話しやすい環境にはある
江本あたりは笑い話にしてるが
広瀬もサッチーにはあのオバハン呼ばわりして強い憎しみを抱いていた
当たり前だけど野球を取るか女を取るかで女を取ったのは美談にしてはいけない >>274
75年オフの秋季練習で西岡・江本と一緒に「あのオバハンなんとかしてくれ」と訴えた門田も粛清されそうになったが川勝がトレードを差し止めた
『門田博光の本塁打一閃』ではトレード話が流れた後に野村から「お前はオーナーに信頼されとるな」と言われたと書いてる
外様でうるさ型の江本と、既に肩がブッ壊れてた西岡はともかく、藤原は門田と同様に川勝に放出を差し止められたんじゃなかろうか
>>275
江本は不倫本格化後の71年オフにトレードで入団だから西宮の奥さん(本妻)との接点が無いからな
広瀬とか小池とか、もともと野村と親しく家族ぐるみの付き合いがあった連中ほど沙知代と激烈に敵対してる >>273
正規の妻が口をはさめば公私混同だろうがそれですらない
「公」の要素も欠片もないからなあ そら取り巻き以外はふざけんなとなるわな >>277
こういうのを実際に何があったのか当事者が生きているうちにちゃんと声に出さないと
野村の言い分だけが残ってそれが事実みたいになってしまってる
サッチーに気を使ってなのか当事者があまりにも閉口した
鶴岡派閥が野村に嫉妬してサッチーの介入とか有る事無い事いって野村を解任させて
その後南海は身売りにまっしぐら
南海球団の自業自得
野村は野球を取るか女を取るかで女を取って純愛を貫いた人物
これが一般的な南海野村解任のイメージ 生前にサッチーの件について一定の証言をした当事者は、陽一氏と伊東信義氏など
野村忖度の必要性が薄い人ぐらいだったな。 毎度おなじみの「野村解任劇は鶴岡とその取り巻きの陰謀」という沙知代が創り出した虚構
鶴岡は65年の時点でその「取り巻き」に
「自分の後任は、第一候補は蔭山、第二候補が野村」と明言していて
70年の兼任監督就任にも特に反対は受けていない >>278
ミッチーサッチーの時にあれだけ書き立てたマスコミがこのザマだからなあ
いつもだったら死人にムチ打つことなんて厭わないのにさ
杉浦マネージャーあたりがもう一回ブチまいてほしい 南海が続いていたら藤原監督の目もあったのだろうけど、全国的に見たら地味すぎる
オレたちは大昔からの南海ファンだからなんとも思わないけど なんやかんやで南海出身のコーチは結構長く在籍はできてはいたんだけどな
河埜、岩木、山村はソフトバンクになっても在籍してたし… >>284
末期の時点ですら監督はOBのみしか選ばれてないというのが派閥人事というか南海の限界だったと思う
伝統ある阪神ですら危機感を募らせて最下位になった時はOB以外の監督を呼んでた
中日なんかもOBにはこだわってない ホークス巨人OB戦でも
福岡系と難波系が明らかに誰それ状態やなぁ。
難波系でも野村派と反野村派に分かれてるし、
福岡系は松中とか柴原とか城島はノムと仲悪そうやけど、
実際どうなんやろな・・・。
移転球団の宿命だけど。
ヤクルトob戦の方が楽しそうやもんな ノムさんは。
エモヤンがデーブのyoutubeで
南海最後の日本シリーズ勝利投手やのに、
ソフトバンク球団職員は知らないと ぼやいていたな。 >>286
南海は監督コーチ陣ほぼOB路線で
南海は生え抜きOB監督も多いな。
西鉄太平洋にもいえるが。
両方、南海西鉄も名門のプライドにかけて
なのかどうかしらんけどob監督多い。 王政権初年度は村田、太田、高橋慶彦、達川と豪華面子集めてたけど1999年の優勝の時は定岡、藤田学、山村、岩木、森浩之になってたからなんやかんやで南海コーチは優秀なのかもしれんな
佐々木や山内孝徳がホークスコーチになったのは南海が消えて25年もあとのはなしになるけど >>286
限界だなの潮時に 杉浦さんのあとに非OBに声かけてどうなったよ >>290
王政権初年度のコーチ陣だと選手に教えるより先にコーチ同士で喧嘩する姿しか想像できんw
てか実際そうだったからしばらく結果出なかったんだろ 藤本博が監督なら今後大道とか岸川とか湯上谷とか広永も
あり得るのかな 藤本が一旦球界離れてからしてきた事に値するような活動したらあるんじゃね?
藤本はただOBなだけでなったわけちゃうし >>293
ねーよ
あくまでも藤本は小久保までの繋ぎでしかない 末期の南海で監督を務めるのは外様からしたら火中の栗を拾うようなもんだからねえ
1987年は3位以下がダンゴ状態を続けたおかげとはいえ、あの戦力で4位(野村解任後の最高順位)にした杉浦監督は大したもの 南海ネタじゃないけど、定岡正二はトレード先が西武だったら現役続行したかな… >>286
中日は選手在籍経験の無い外様が
監督になったのは濃人水原山内森繁だけ
それ以外は生え抜き外様OBが監督になっている >>298
藤原さんの前に長池さんという噂も一応あった
まああの人はもともと南海に入るつもりだったということもあるが >>301
長池が南海コーチ招聘されたのは
次期監督含みでもあった?
そういえば長池と前後して加藤秀司も2000安打達成の為に南海移籍してきたなあ
あれは西本御大が移籍に力添えしてくれたんだったか >>300
なんで安価つけたかわからないレスすんなw
いきなり中日の話と繋げられても困るわ 長池監督なら受け入れられるね パリーグと南海ファンのよしみで
というより、この人に対して阪急での扱いが雑な気がする >>298
どのような弱いチームても縁のないチームでも監督オファーが来たらやりたい奴は多いと思うよ カネに困ってる人は特にそうだろう。
杉浦も隠し子いたし。 桜井や藤原が引退即コーチなんだしその道に進ませようとしてた感はあるな 藤原が与力を残して早めに引退したのも監督への下地造りのためとか言われてたな
その後に長池が次期監督候補として招聘されたのはあれって思ったけど
元南海ファンだったと知って納得 >>308
余力もなにも130試合で120本以上もヒット打ったのに 異常事態だよな
ところでなんで「よりき」って打ったんだ 俺も同心だが 今気づいたw
口語調のノリで完全に脳内が「よりき」になってた、「よりょく」は頭になかったなw もし南海が身売りしなかったら、杉浦さんの後は長池さんが監督だったって聞いたことある 西本御大や星野仙一のような体質改善にうってつけな人材を招聘しようにも
監督はOB縛りという足枷があってはどうにもならなかったろうな。
長池は打撃コーチとして入閣してたのは球団売却が無ければいずれ監督に
(それも球団初の外様監督、ブレイザーは選手としてプレー経験あったためOB扱い)
という青写真があったんだろう。法政大卒だし鶴岡の口添えで異を唱えそうなのを
封じられそうだったし。 >>302
加藤秀司が西本のところに「引退します」と挨拶に行ったら「2000本安打達成までは引退するな」と
引き留められて「ちょっと待っていろ」と杉浦に電話してホークス移籍で話をつけたんだよ
王も「2000本安打をあきらめるな!ロッテへのトレード話もあるから」と加藤を引き留めてくれたって話 川根康久が昨年7月に亡くなっていたようだ
あぶさんの打撃投手のエピソード回で登場した以外は詳しくは知らないが、最後はソフトバンクの査定担当だった
言い訳ばかりの小林至と違って現場の人間に評価されていたみたい コーチ監督と違って査定やらをOBがやるのさ
よろしくはないわな >>314
あの回なんとなく読んでたけど
打撃投手陣がほとんど総入れ替えというのもちょっと変じゃないか
なにかあったのか? >>314
テストで入団して打撃投手⇒スコアラー⇒球団査定担当ってかなりの出世だね
それだけ良い仕事をしていたんだろうけど 関東なんでナマで見たことすらない「スポック」が
ロッテのスカウトで出世していたのにも >>320
その縁で杉浦が近鉄の投手コーチだった事がある。 元主力先発でも実働短いと引退からしばらくはバッティング投手配属というのはある。 新井さんはルーツを全く感じさせない風貌だったというのに かねのりは野球選手というより叩き上げの実業家のような風貌だよな 藤原の回想面白いな
穴吹にコーチ就任を依頼されて現役に未練はなかったとか
香川の野球センスは凄かったとか
ホークス一筋・藤原満さん聞き書き「ぶれない」(17)突然のコーチ要請「辞めて強くなるなら…」
ttps://news.yahoo.co.jp/articles/0196cb57d0a94018ca79e75a96e3a59ab1705011 >>328
それくらいなんぞ この娘ムコなどクビライじゃねーか 香川はあんなデブで機敏な動きしてたし才能はあったと思うよ >>286
>>289
っていうか、声をかけても誰も
貧乏、人気なしのホークスの監督なんて
誰もうけてくれなかった・・・・
ってのが実情なんじゃないの? >>287
そりゃ50年前だからねえ・・・・
よっぽどのプロ野球オタクでもなけりゃ
そんな昔の事知らないでしょ・・ 杉浦と西本さんとの加藤茶の移籍は有名だけど
西本さんと大沢についてはあまり交流を聞いたことがないな
西本さんと長嶋もあまり関係性がないのかな
大沢は南海では嫌われていたけど 野村追放後チームが立ち直っていけてればな
部外者の独裁や内部抗争は無くなりましたがチームも弱くなりました、
では野村の存在は必要悪だったという論調が強くなるのも仕方のないこと
藤原は高畠の最初の教え子だしシンキングベースボールにも傾倒して野村個人には感謝してる
でも嫁をビンタされたこともあってサッチーに対しては否定的、ってのはずっと一貫してるね >>332
ぶっちゃけ南海とロッテはそんな感じだと思う
ロッテは豊田泰光に監督就任を要請したが断わられている
金がないし良い選手も来てくれないし強くできる見込みがない >>335
嫁ビンタするやつを肯定的に取り扱わないよな 負け試合のバス乗る前に定岡兄もビンタされていたな
広瀬さんの奥さんはサッチーとけんかしてたし
やはり部外者は口を出してはいけないな
安倍昭恵もそうやったけど勘違いするんやな >>334
長嶋監督が一年目に最下位に終わった後に、当時の近鉄の西本監督にチーム造りについてアドバイスを伺った 後の地獄の伊東キャンプに相通ずるものがあったのかも カーン! ガツッ! ドタッ
カド「あーすまんすまんオバはん けど部外者がこんなとこおったらあぶないでえ(ニヤニヤ)」
なんて光景があったらなあ アウトプットが下手な門田だと記事にできない内容を喋りそう 藤原の回想記完結
身売り時点では
>ただ、「ホークス」のニックネームも消えてほしかった。私にとって「南海ホークス」はプライドそのもの。
>ダイエーには違うチーム名を付けてもらいたい、と強く思いました。
だったそうだが今は
>福岡に来たときは2、3年で大阪に帰るつもりでした。でも、大阪の家も数年前に売却し、
>もう完全に福岡人です。「ホークス」の名前ですか? 今ではよくぞ残してくれた、と思っていますよ。
だそうだ 古いファンの多くは同じような感想の人も多いのではないかな
福岡でダイエーになった時は一時は見る気がなかったよ
杉浦さんも去り田淵とか来たときは本当に別のチームになったと
ダイエーも南海の色消したがっていたしね
ソフトバングになってからは不思議と応援しやすいよ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています