珍しい記録 Part48
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>>928
その表作成の元になったであろう、OPS各年1位の載ってるサイトはありますか >>952
2689webの各選手の年度別成績から集計した スレチだけど進藤達哉と進藤拓也ってリアルたっちだよな >>948
全試合本拠地以外だったら、もしかして史上初になる? >>956
おそらくそのはず。
1950年の第一回日本シリーズは全試合違う球場だけど
それでも毎日の本拠地後楽園球場、松竹の実質本拠地大阪球場が
それぞれ1試合づつ使われてるしね 実績のわりに記録面であまり語られない選手
松原誠
大村直之
栗山巧
小川亨
成田文男
荒巻淳
坂井勝二 坂井は渡辺秀武に抜かれるまで与死球のプロ野球記録保持者だった。 2,3週間前になんJでNPB名鑑と日本の名字ランキングを照らし合わせ「プロ野球選手で今まで存在したことが無くかつ一番人口が多い名字」を調べた奴がいた
結果は「滝沢」だった 高橋一三
1965年巨人入団も既に明が在籍していたことが悲劇の始まり
1970年限りでその明が西鉄へ移籍するも、入れ替わりに1971年英二が入団(1973年には移籍により善正も加入)
英二引退の1975年限りで本人は日本ハムへ移籍
新天地で気分一新頑張るけん!
ところがそこには博士と直樹が手ぐすね引いて待ってます♪(手ぐすねって何だろうね?)
博士は1年限りのお付き合い、そして遂に1980年限りで直樹が転出!
・・・てか正巳が既にいるんですけど(正にその1980年からw)
結局、一三は現役19年間を通じ新聞その他には「高橋一」と表記され、ウグイス嬢には「たかはしかずみ」とアナウンスされ続けましたとさ
(ちなみに正巳が退団したのは1985年。まぁ1986年までハムで食えていたとしても、功一が自分と入れ替わりに入団していたので引き続き一三付きでしたけどね) 高橋3投手リレーの時に
ソフトボールみたいな投げ方してた事しか記憶にない高橋正巳か 最近亡くなった菱川章は1971年に打率.198 ながら18試合に4番で出場したそうだけど
これは打率二割未満の選手のシーズン最多4番スタメン出場記録かも 高橋一三といえば(wikiからの孫引きだが)、2000奪三振まであと5と迫った現役最後の登板で2個に留まり達成を逃したということだが、
入団時にその手のひらの大きさを比べられた横綱は幕内600勝にあと1と迫りながらスパッと引退していたという(高橋がブレークした1969年の出来事)
だからなんだよ?って話ではあるがw 投手のトリプルスリー(30勝・300イニング・300奪三振)達成者
1958稲尾和久33・373.0・334
1958金田正一31・332.1・311
1959杉浦忠 38・371.1・336
1959稲尾和久30・402.1・321
1960杉浦忠 31・332.2・317
1961稲尾和久42・404.0・353
1961権藤博 35・429.1・310
違う部門の数値にしか思えない 3000本 300本 300盗塁の通算トリプルスリーって今後出るかな? いや上のは無理でも3割300300なら可能性あるかな 張本 : .300 / 3000 / 500 / 300(.319 / 3085 / 504 / 319) MLBでもウィリーメイズだけか
.302 3283安打 660本塁打 338盗塁
ボンズは2001〜2004年の高打率で通算3割に到達も
その後引退までの低打率で通算3割陥落、2935安打で引退。
Aロッドは3000本安打達成時点で通算3割陥落済み >>948
1978 ヤクルト 日程が東京六大学野球と重なったため後楽園球場
1974 ロッテ 県営宮城球場の収容人数不足のため後楽園球場
ただし当時のロッテは後楽園川崎神宮で多くの試合主催
1962 東映 第5戦が後楽園で開催
登録上の本拠は神宮だが後楽園でも多くの試合主催
64年に国鉄と本拠交換
1950 初回日本シリーズは後楽園神宮甲子園西宮中日大阪と転戦
>>949のとおりフランチャイズ制が浸透していなかったのと
球場不足でこれら主要球場では4球団出場の変則ダブル多数 >>39
投手の完封も項目に付け加えていいかも
AA乱闘は出て集まってくる険悪な雰囲気レベルじゃなく最低バレンティ矢野レベルか?
C退場は危険球除けたらAかBに上げても良いかもなレベル 内野5人シフトならあり得るかも
センターの選手は二遊間あたりに配置されるだろうからそれでも難しいけど 打球がどの場所で処理されたかではなく、誰が最初に処理したのかで記録が付けられることの
欠点というか何というか・・・ 可能性はパワプロ並みに低いが
二人の野手が同時に捕球(グラブが合わさる形になってその真ん中に球が落下etc)した場合はどうなるんだろ >>986
どちらかが確保しないと完全捕球にならないんじゃないかな >>983
アストロ球団だと一塁エンタイトルツーベースや3・5・1の三重殺などけっこう無茶なのが出てくる 打点本塁打喜の得点圏凡退
全盛期は打点の化身として恐れられていたのだからなぁ >>987
だったら 2人のグラブの上にずっとボールが乗ったまま地面に落ちない状態だったらどういう扱いになる?
最終的に落とさずにどちらかが確保すればアウトでいい? 現オリックスヘッド兼投手総合コーチの高山郁夫は現役時代にシーズン防御率10点越えを4度やってのけている
しかも在籍した三球団で全て達成
1986年西武 2回 自責点5防御率22.50
1990年西武 1/3回 自責点3防御率81.00
1992年広島 1,2/3回自責点2防御率10.80
1996年ダイエー6,2/3回自責点8防御率10.80 ブライアントに打たれた彼よね
この成績で、随分と長い現役生活を送ったもんだなぁ あの年だけは
ローテの谷間でそこそこ使われたんだよな、高山 高山は高校時代から活躍して知名度はけっこうありましたね
(当然プロでも活躍を期待されて)いつかは開花するかと思われてそうはならなかったパターン
ジプシー後藤の劣化版的なポジションでしょうか?
1989年はキャリアハイの成績を残していますが、黄金期ライオンズに在籍した6年間のうち唯一リーグ優勝を逃したという皮肉 あの年は工藤の絶不調と前年10勝して新人王に輝いてローテ投手の座を掴んだ筈の森山の故障で、西武のストロングポイントだった先発完投制のローテーションシステムが崩れ、
ナベQ、郭の両エースに、それまで数年谷間の役割だった松沼兄や新人ながらアマ時代の故障からの完治間も無い富男を先発に加えなければローテが回らない状態に陥った故に
高山にも先発登板機会が巡ってきただけだしな。
前年東尾を半強制引退させた(と俺個人はみているが)のが、先発投手の駒不足という形でツケが回ってきた格好になってしまったんよね。
ここで高山が前年の森山みたく2ケタ勝っていれば、優勝を逃す事も無かったろうけど。 >>989
王さんは全盛期も好打か凡打かのどちらか。
引退が近くなった頃のフォームを完全に崩される形での
三振は見ていて痛々しかったな。 このスレッドは1000を超えました。
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