なぜeやπは様々な性質を持つのか?
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無理数なんて他にも沢山あるのになぜこの二つだけ登場回数が多いのか? e^π = π + 20 - ((√3)/10)^4,
π^e = π + 20 - (10/11)^4,
ここで
(√3)/10 = 0.1732 < 0.9091 = 10/11,
∴ e^π > π^e. e^π と π^e どっちがでかい?
http://www.youtube.com/watch?v=LuPHrYPGrIs 06:31,
鈴木貫太郎
e^π と π^e どっちが大きい!? (筑波大) (数V微分)
http://www.youtube.com/watch?v=XEjm4stW7uI 04:58,
3浪阪大生たぴおか【数学解説ch】
e^(e^π) < π^(π^e) を示せ。
http://www.youtube.com/watch?v=vUHFtKVp9b0 19:07,
式変形チャンネル e^π > 22 を示せ。
(略解)
e > 1 + 1 + 1/2 + 1/6 + 1/24 + 1/120 = 163/60,
e^3 > (163/60)^3 > 4320000/(60^3) = 20,
e^0.14 > 1 + 0.14 + (1/2)0.14^2 + (1/6)0.14^3 > 1.15 = 23/20,
辺々掛けて
e^π > e^3.14 = e^3・e^0.14 > 20・(23/20) = 23,
http://www.youtube.com/watch?v=5CXdQihmKxw 09:28,
鈴木貫太郎 >>152
e^(x/e - 1) ≧ 1 + (x/e - 1) = x/e,
eを掛けて
e^(x/e) ≧ x,
e乗して
e^x ≧ x^e, πとeが無理数であること
数セミ増刊「数の世界」日本評論社 (1982) p.80-82
πとeが超越数であること
数セミ増刊「数学100の定理」日本評論社 (1983) p.85-86 複素関数論は、絶対値|z|とか絶対値の2乗|z|^2は、
複素変数zの複素関数ではないわけだが、それにもかかわらず、
絶対値をもしも一切遣わないで、そうして実部と虚部に分けて
議論することを禁じて、必ず複素変数zとしてだけ数式を書き、
議論も証明もするというように制約を設けたときに、はたして
理論が滞りなく構築できるものだろうか?
たとえば複素数の局表示z=rexp(i θ)も、rやθがzの複素
関数にはならないから、認めないとしたら???
つまり純粋に複素関数(解析関数)であるものしか使わずに
理論を組み立てろということができるだろうかというもの。 指数関数は微分作用素の固有関数だから微分が係わる数学のあちこちに出没する。
そうして、指数関数の引数を適当にスケール変換してやればexp(x) すなわち
e^x が現れるというわけさ。 教育上は標準的な関数から順序良く展開しなければならないので
最も基本的な関数であるe^xは
べき級数によって導入するのがよいだろう 巾級数は局所的な話になるから、それよりは微分方程式 y = y’ の解を
もとにした方が、大域的な性質(一種の解析接続性)も備えているので良いと思う。 eとかπはなぜいろいろなところに出てくるのだろうか、という疑問は
いろいろなところに出てくる有名な数だから特別の記号を割り当てて
名前をつけているからだとしたら自明な話になってしまうのではなかろうか?
実数にはいまだかつて人類が一度も値を書いたことのないもの、将来においても
書かれないで居続けるものが幾らでも存在するのである。そういう無名の誰にも
認められない実数も存在していて実数の世界を支えている。
何しろその実数が実数の集合から欠けたなら、実数の連続性が成り立たなくなって
しまうのだ。 人間が分かりやすい数だけがちやほさやされるだけ
義務教育で 二次方程式の解の公式 までを習う人が多いから
三次方程式や四次方程式までは解の公式があると言っても
「だから何?」 とか言われて興味など持たれないし
それこそ人によっては「二次方程式もイラネ」 とかなる
それこそひねくれた人から
「じゃあ五次方程式の解の公式出せよ」と言われるまである
このひねくれたタイプの人間は、何をどう答えてもいちゃもんを付けるので
たとえば「五次方程式に解の公式はねぇよ」 とかいうと
「楕円積分とか使えば求められるだろ。解析的に解が求められないだけで
手順がないわけじゃねぇだろ、この無能」 と返され
逆にバカ正直にそのやり方を先に示そうとすれば
「あー、はいはい、わかったわかった(笑)、で?w」 と返してくる
それこそ、そういう人間に対する対応の仕方=解のほうがねーよwww って具合である
eやπを特別扱いすることについても、
その話題について興味がある云々よりも、それを語る人間への親和性のほうが
現実問題として重要である
気に食わない人間が持ち出すテーマには何にでもケチをつけ、
仲のいい人間が持ち出すテーマなら、何より優先してでもそっちを贔屓する
数学も人間が使う以上、嫌われたら相手にされない。
AIも、助けたい人を助ける為に使われる場合と
気に食わない奴を追い出すために使われる場合に分かれるだろう
eやπを使いだした人がもし周囲に嫌われていたら、今でも使われてなかったかもしれない
あるいは、最初に使った人間はおまえらみたいな奴だったかもな。
でも、お前らみたいなやつを相手したくない連中が多いから、長い事無視されてきたとかな。 整数ですら、いまだかつて誰もその値を具体的に書いたことがないものが
幾らでも存在する。比較的小さな整数あるいは自然数は著作権が
設定されていることがあるけれども。たとえば任意の俳句をUTF8のコードで
表せば、それは実質的に0と1が並んだ自然数に対応付けられる。
任意の長編冒険小説をUTF8のコードで表せたとすれば、それは実質的に0と1が
並んだ長い桁数の自然数と同一視できる。音楽CDや映画のDVDなども
所詮は0と1のビットの有限長の列であるからそれは自然数を定める。
デジタルの画像なども同様である。DNAの並びも4種類の塩基を
それぞれ00,01,10,11に対応付けてやれば、ギガバイト程度の
2進データに対応が付く。
だから自然数には著作権が設定されているものがいろいろあるが、
それでもこれでもうすべて使われていておしまいですということに
はならないのである。世の中うまくできている。 eやπに較べるとオイラー定数γの出番が少ない気がする。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています