Inter-universal geometry と ABC予想 26
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Inter-universal geometry と ABC予想 25
http://itest.5ch.net/rio2016/test/read.cgi/math/1520299291 歴史上、失敗に終わった証明は
➀場合分けを尽くさなかった
A自明でない前提が紛れていた
のいずれかであることが多い。
今回はAのケースだろう。
しかし6年間も騒がせて、実際の数学的内容は全くなかったではあまりに寂しい。
今回のIUT幾何は、全く中身のないナンセンスだったのだろうか。
Taoは、「証明が正しければ、多くの応用があるはずだ」と喝破したが、
望月は「今回の理論はABC予想にしか役に立たない」という。なんか嫌な予感がする。
「ジャーゴンの山の中にしれっと自明でない命題を紛れ込ませた」じゃ全く無意味なジャーゴンの山ということになりかねない。 いずれにせよ、望月はもう50歳であり、もはや証明を完成させるアイデアはないと思う。
ワイルズですら最終段階では弟子に頼った。
取り巻きに証明を完成させる能力がないなら、ほとんど見込みはないと思う。 ごっめーん。
ウィキペディアのサーバーってもともと、韓国にあったんだ。
だから、韓流ブームが起きていたんだ。
今は、フロリダにあるから、韓流ブームは終わっちゃった。
ハワイってのはガセだった。 数学的に応用ないのか...
物理的にあるかも知れない >>160
>いずれにせよ、望月はもう50歳であり、もはや証明を完成させるアイデアはないと思う。
モッチーはIUTの概念をより深化させるために今労力を割いてるのであって
ABCの煩雑な証明の穴埋めなんぞに魂を投入などしていないと思われるが >>164
4月3日 IUT 論文を修正
←証明の穴埋めにしか見えない >>166
IUT-2: Corrected a minor inaccuracy concerning the
notation "\iota" in the statement of Proposition 3.3, (i)
http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~motizuki/2018-04-03-iu-teich-ii-revisions.txt
だとよ 「全」と数学の未解決問題を全て解いた人はどっちの方が凄い? P≠NP予想を証明した人とロスチャイルドはどっちの方が凄い? 無になってもう二度と有になりたくない。
これが俺の最大の夢。 >>166
全く手を付けてないとは言ってないだろ
日本語のニュアンス読めないのか
本道はあくまでIUTそのものの深化だろモッチー自身にとっても >>159
望月がそんなこと言ったのか?
「ディオファントス幾何への驚異的な応用」とか言ってた人間が? 死んだら肉体と霊体が分離するってのは本当か?
肉体は滅びるが霊体は永遠に生き続けるってのも本当か? 仮に自明でない前提が紛れている可能性があったとしても、
アイデア自体が正しければ片付くような気はするよな
単に証明の精度が落ちただけなんだから 天国の算数
1+2+3=0
これが理解できなければ、小学校の算数はわからないし、
兵士としても二流、アフリカ算術も解けない。
片手で指で数を数えた時、
指一本、指二本、指三本、指四本、指五本の次は、指零本なのである。
片手算では、六の零本が最高の数字を示し、位取りとなる。 なんか、死ぬことによって、無になってもう二度と有にならなくて済むようになるかは分からないけど、
少なくとも、死ねば無になってもう二度と有にならなくて済むようになるということを考えると、気力が沸いてくるし、元気が出てくる。
もし超嫌なことがあったり、耐えがたい苦痛を味合わなければならないようなことになったら、
即行自殺すれば良いわけだから、もの凄く安心感がある。 >>177
アイデアが正しいと保証するのが証明。
証明の精度が悪くては道具にならないじゃん、 アフリカ起源説が確定すれば、十五年でここまでだよ。数学史も。 >>180
直感的・意味論的な方向性の話だよ
完璧に証明を書ききらないと方向性が全くわからないなんてことはない >>183
数学者か?証明自体は正しいか正しくないかだが、過程で色んな書き方がある
直感的に自明だとか証明を書いたと勘違いして、証明が不足することがある
証明過程の精度であって証明自体の精度ではない かなり短い論文しか書いたことないとかアマチュアだとよくわからん話だとは思う
あれだけの理論だと、一ヶ所のエラーよりは全体的に正しそうかどうかを検討するのも
必要になる。殆ど正しそうだったら工夫すれば何とかなると考える IUT論文の問題は主要な部分を含めて、
ですよ >>3 >直感的に自明だとか証明を書いたと勘違い
して、証明が不足することがある。
非自明を自明だと勘違いし非自明な内容を
説明(証明)出来ないことがしばしばある。 >>188
そうだな
だからその場合、大まかに理論の方向性が合っていても門外漢からは
修正できるかどうか判別できない
概要を理解した側もそこを勘違いし全てわかった気になっている可能性はある 理論の方向性が合ってれば、エラーは修正可能か、または証明のやり方を
ある程度変えるかのどちらかしかない
だが今は厄介にも、著者がエラーはない、と主張してる状況だな 山下みたいな普通の数論幾何学者が三年で理解してる
著者はエラーはないと言ってる
時期的に、正しいのであればいい加減に掲載されるべき時期だから
成り行きで大体わかってくる 普通に考えれば、新センターや慶応の講義は順調に査読が進んでいる反映と
思われるからな。後は決まるかどうか 2018年1月12日 >>5
I have no news on the articles of Mochizuki.
Maybe the journal editors postponed
their decision.
多分編集長は論文掲載の判断を延期した、
とあるから 多分 12月までには査読が
終了していたのだろう。
延期した理由は12月17日のTao . Scholzeら
の指摘があったからじゃない?
米国でも知れ渡っているね。
以後、IUT論文修正は4月3日まである。
でも 掲載決定は センター 予算 講義予定、
、、などの都合もありそうだ Tao?
某ブログ見たが、Taoは世間話しかしてないぞ? Taoはどう見ても読んでないな
本気出せばわかるんだろうけど、基本的な守備範囲以外は口を出さない典型的な数学者 2018年1月5日 >>5
I don’t quite know how to get to the
blog of Frank Calegari, but I just Googled
”Persiflage.”
There’s a post dated for December
17 entitled “The abc conjecture has (still)
not been proved.”
In the comments, the Fields Medalist Terrance
Tao mentions he cannot make sense of
Mochizuki’s proof,
and there Peter Scholze (going
by the username PS) describes
more precisely that one major issue
lies at deducing 3.12 from 3.11. おまえらは数学の中身の話ができないから勝手に査読を権威化して勝手に仰々しくして
査読という客観的な指針で物を語りたいだけ
モッチーが査読を数学人生の悲願にでもしてるかのような語り草だなおまいら それを貼るなら実際のコメントを貼るべき
読んだ気配が無かったと思うが >>199
査読中や査読後に論文修正なんて反則だわ、 日本人はホント糞が多い
欧米は「どこの大学に行ったか」よりも「大学で何を学んだか」を見る
日本は「大学で何を学んだか」よりも「どこの大学に行ったか」しか見ない
人事のオッサン達がそもそも知性の中身を理解できる頭にない。
外側、ブランドだけ。「目先で上っ面を飾りやすい評価基準」にだけは
過剰に適応するが結局中身がない。
数学的知識そのものがなくても「数学を鑑賞」する事はできるが
しかし査読がどうたらしか話さないおまえらは数学を鑑賞した事に全くならない >>201
何が問題なの??
パズルゲームの競技者とでも思ってるのか?
競技中に答えを見るな的な?? >>201
そもそも俺のレスの内容に応じた書き込みになってない >>202
まあ学歴に関してだけは同意だな
大半の日本人はその意味で知能が低いよな。それが政治のレベルとかにも反映されてる >>201
何言ってんだおまえ
査読中だからこそレフェリーに直せと言われた箇所を修正してるんだろ >>209
そういうことだろ
アクセプトされた論文の修正としてはcommentsなる文章を公表してるようだが、IUT論文のcommentsは無い
http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~motizuki/papers-japanese.html モッチーの経歴が凡人レベルだったら同じIUT作ってもここまで相手にされてなさそう。
グロタンディーク予想に関わるモッチーの業績はどんなもんなの?3人同時に代数学賞受賞だったかと記憶しているが。 ショルツの指摘が本当に重大なものなのであれば
ワイルズがカッツの指摘を受けた時のように業界内で継続的な騒ぎになってるはず。
しかし今回の件の場合は年末年始後すぐ沈静化したし
やはり >>48 みたいな感じだったのでは? 単にその程度の存在(だれも最初から正しいとは思っていない)というだけだろ。 >>212
国内で見れば文句なしでトップレベルの業績
一応フィールズ賞候補には選ばれてた 国際数学者会議の招待講演は
世界的に見てもトップレベルの業績を挙げた者しか選ばれないが
望月は1998年の招待講演に選ばれてる 順調過ぎて俺様マスターベーションに走ってしまう危険はあるかもな
当てはまるかどうかはさておき 来月上旬には朝日既報のようなことが起こるよby中のひr ぶっちゃけここのカキコのほとんどが噂の域を出てないよな
つまらんから証拠付きでカキコしろ そろそろ来年の予算説明(大蔵省様)の時期だろ?わかるよねw >>215
plenaryになってなかったはずだから、ないわ >>182
直観的・方法論的に正しい証明かどうかは、正しい証明に書き下してみないとわからない。
ペレルマンがネットに上げた証明は不完全だったが、発表と同時に多くの数学者が行間を埋めて
正しい証明に仕立て上げた。
ペレルマンの方法が本質的に正しかったから、ペレルマンのネットに上げた論文は「良いヒント」になるから、
多くの数学者が正しい証明を再現することに成功したのだ。
翻って望月の「証明」はどうか。多くの数学者がただ沈黙し、沈黙しているのをいいことに「証明成功」を既成事実化しようとして、
一斉に反撃を食らっているのが現状だろ。 >>213
擁護派の願望乙。
望月の今回の「証明」のアイデアは主として30代から40台前半にあたためられたもの。
50になればもう数学的なアイデアは枯渇している。
望月一人に頼っている限りお先真っ暗。
望月のアイデアが正しければ、取り巻きや生きのいい院生がとっくに華麗に解決していると思うが、
たぶんIUTのアイデアが正しくないんだろう。 こうなるとフィールズ賞が40までに限っているのも、理由があると思う。
数学者は40を超えるとアイデアが枯渇し、それを補うために哲学や、宗教がかったものに関心を持ってしまう。
結果として、どう考えても自明とは言えないものを自明だといいはったり、いわゆる「トンデモ」の傾向が出てきてしまう。
IUTもこのままだと哲学めいたもの、「京都学派」めいたものに成り下がってしまう可能性も大いにある。 フィールズ賞受賞後より良い仕事をしたのが小平の誇り
双子素数の画期的な進展は50過ぎの中国人によるもの
コルモゴロフの全盛期は50代と言われている 北斗神拳伝承者とP≠NP予想を証明した人はどっちの方が凄いのでしょうか? >>232
>翻って望月の「証明」はどうか。多くの数学者がただ沈黙し、
>沈黙しているのをいいことに「証明成功」を既成事実化しようとして
だから証明の成否なんかに誰も鼻息荒くして拘ってないっつーの >>205
>大半の日本人はその意味で知能が低いよな。それが政治のレベルとかにも反映されてる
日本は特に司法がひどい。
法とは日常的な知識や感覚の言語化でしかないのに
「偉い人が何を言ったか」が盲目的に鵜呑みにされ権威化されている。
東電が事故を起こしても法律家が「予見可能性がーー」という言葉遊びを
ちょいと垂れれば簡単に煙に巻ける社会 >>234
>こうなるとフィールズ賞が40までに限っているのも、理由があると思う。
そりゃそもそもが単なる若手奨励に意図に過ぎないってだけで
もとより数学的価値を権威で完全に制御するという発想にそもそもない >>243 籠池の不当拘留とか平気で人権侵害だもんな。
安倍みたいな低脳のバカタレが家柄だけで永続的にトップに立てる国だものw >>239
そういうのやられると、どの辺までネタなのかわからなくなってくるwwww >>243
>法とは日常的な知識や感覚の言語化でしかないのに
それが、昨今の「グローバル化」もあって、共有されるべき「日常的な知識や感覚」の存在自体が問題になっている
現在は厳格な成文法を求める動きが広がっており、職場でもコンプライアンスとして必要以上に字句解析に重点が置かれる風潮が蔓延している 数論幾何学って数学の中で最も難しい分野になるのでしょうか? 微妙。上位に位置するのは確かだが、今は分野だけで安易に比較できない
ある意味数論に応用できるような基礎的な新分野を開拓してるほうが上の場合もある 東京大学理学部数学科に入って数論幾何学の勉強しようかな。 思ったんだけど、数学という学問は、工学などの実学と違って、
「合ってる」かどうかを確かめるのって難しくないですか?
だって、例えば、プログラム基礎論の場合、プログラムを自分で書いたりすることによって、
ちゃんと命令どうりにコンピュータが動いたらその作業は「合っていた」ということが分かりますが、
数学は、紙とペンだけなので、自分でどんなに紙に数式を書いていっても
確かめる術がないような気がするのですが・・・・。
参考書みたいに、問題だけでなく解答もかいてあったら、それが正しいということが分かりますが、
数学者って、自分で研究のテーマを立てて証明をしたりするわけじゃないですか。
その場合、どうやって自分がやってることが「正しい」ということを理解できるのでしょうか? >>246
>籠池の不当拘留とか平気で人権侵害だもんな
俺は意図的にニュースを見ないようにしてるから
森友問題の詳細は知らないが
国に大企業が絡む場合は特に民事・刑事にかかわず
司法が歪むことがあっても何ら不思議でないし十分あり得る
法的問題においても、一番考える力を身につけるには
法律学のような屁理屈の訓練よりも、数学の方がはるかにためになると
俺は思っているが、それは俗に言われる論理力を鍛えるとかそんな話ではなく、
何が本質で何が些末かという【大局観】が養われる事にある。
藤原正彦先生がよく口にされる話だね
その大局観とは決して論理には還元できない不思議な脳内プロセッサで
それは本物を味わう事によってしか養われない
せっかく何かの縁があって数学板に来てる人は、そういう非論理的な価値判断に
こそ数学(知性全般)の真髄がある事を感じて欲しい ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています