X. To tell the truth

実を言うと、僕は前々から詩織さんを知っていた。大学内ではちょっとした有名人だからだ。あれだけスタイルがよければ嫌でも目が向いてしまう。ただもちろん、一方的に僕が知っているだけで、決して知り合いではなかった。

だから暗闇の美術室に彼女がいた時は、まるで運命めいたものを感じずにはいられなかった。あるはずもない希望的観測を、ほんの数十秒の間だけ、信じ込んだ。

そんな心持ちであるからだろう、突如舞い込んだデートの話は幻想以外の何物でもなかった。想像を遥かに上回る現実というのは、心が置きどころなく時間と空間とをさまよい続ける。

それを引き止めてくれているかのように、詩織さんは僕の手を握っていてくれていた。

「もっと堂々としてみて。それだけで分相応の男に見えるから」
「いや、でも…」
「ひかるちゃんの前でもそうするつもり?彼女、私と違って小さくて可愛いから変な人に絡まれるよ」

そう言われて、顔を上げて歩いた。
ふと、目の合う人がいた。別に変な人ではないのだが、外国人の風貌だった。その人は今どき珍しいガラケーで写メを撮っていた。
僕たちは美術館に行く途中である。