W.Dry run

「じゃあデートの練習をしよう」と詩織さんは親切にも恋愛経験の少ない僕の練習相手を買って出てくれた。ただ、プランを立てるところからの練習らしいので、どこへ行くかは僕の自由だった。

当日は駅で待ち合わせをすることにした。初めて降りる駅だったから、改札を出て、どの階段を使えばいいのか迷った。メールの画面を開き、待ち合わせ場所を確認する。

「遅い」
詩織さんが目の前にいた。腰に手を当てていた。大きなサングラスをかけていたが、呆れた表情をしているのはわかった。
「十分前には来なさいよ。女の子待たしちゃダメ」

詩織さんは僕の手を引っ張って歩き始めた。とても冷たい手だった。とっさに僕は手を振り払う。
「あの、練習だから別に手は繋がなくてもいいんじゃ…」
「いやだって君、こういうの慣れてないでしょ」

「あの、恥ずかしくないんですか」
「は、何が?」

詩織さんの顔は少し上にある。身長はそう変わらないけど、彼女がヒールを履いているだけ高かった。全身のシルエットでは同じ種類の動物とは思えないほどだった。つまるところ不釣り合いだった。

「その、俺があんまりにも…」
「あのね、顔上げて周り見てみな。何でみんなこっち見てると思う?」
「詩織さんが綺麗だからですか?」
「違うね、君が下を向いているからだよ」