U.Low bow

「聞いてましたね」
「さーて何の話かな?」
「まあいいです。今の誰ですか?名前も言わずに告白だけして去っていったんですけど」
「あの子ね、2年生の森田ひかるちゃん。こっち来て」

詩織さんは手招きをする。トラのように柔らかい足取りで歩き始めた。カンバスを半周ぐるりと回って一枚の絵の前に止まった。

「どう?ひかるちゃんの絵。上手でしょ」
「これは何の絵ですか?」
「君だよ」
「え、これ僕ですか。」
「うん。なかなか上手く描けてる。ちょっと理想が含まれすぎているけれどね」

詩織さんは作品と実際の僕とを何度か見比べて、うなずいたり首をかしげたりしていた。そのうち飽きたのか、カンバスの中心の椅子に座り、再び僕がこの部屋に入ってきた時のように目を閉じた。

「それで、どうするつもり?」
「何をですか?」
「返事だよ、ひかるちゃんへの返事」
「いや、それが、告白されたの初めてで、どうしたらいいんでしょう」
「そんなの簡単だよ。好きならOK。嫌いならごめんなさい」
「はぁ…でも何で僕なんだろう?」
「君、展覧会来てたでしょ」

確かに、詩織さんとひかるちゃん、両者とも今日初めて話をした。ただし詩織さんの言うように以前から名前は知っていた。大学祭の展覧会でひかるちゃんの絵を見たからだ。簡単な名前だったから覚えている。

大学祭の雰囲気に疲れ、ふらっと立ち寄った展覧会で、その絵を見た。とても不思議な作品だった。絵画のことなんかひとつもわからないのに、20分くらいはその作品の前に立ち止まっていたと思う。

展覧会のスタッフ係に身長の低い人がいたことは覚えているから、おそらくそれがひかるちゃんだったのだろう。帰り際に深々とお辞儀をしてくれたから印象に残っている。

「嬉しかったんだと思うよ、ひかるちゃん。あの作品が初めての出展だったから」