T.Unintentionally

薄暗い部屋に明かりを点ける。わずかに聞こえる蛍光灯のパチっとした音。やがて安定したノイズに変わる。そして未完成のカンバスが光を吸収した。

初めて美術室に入った。夕刻にしても暗い。窓には黒いカーテンが掛けられている。明かりを点けるまで、人がいたことに気が付かなかった。

その女性は、円形に並べられたカンバスの中心に、脚を組んで座っていた。茶色い毛先が肩のあたりでカールしている。彼女をモデルにするならば、モナリザよりも美しく描けそうだった。

女性はゆっくりと瞼を持ち上げ、周囲を一瞥した。眠そうな瞳で僕を確認すると、組んでいた脚をほどいた。前髪を手でどかした。椅子を回転させ、体を正対させた。

「あなたですか」と僕は聞いた。「私の名前は佐藤詩織ですが、何か」と女性は言う。
「いえ、ここへ僕を呼び出したのはあなたですか、と聞いているのです」
「そうだとしたら?」
「用件を伺ってもよろしいですか」
「いえ、実は私ではありません。多分あの子でしょう」

詩織さんと名乗る女性はそう言って入り口を指差した。僕は後ろを振り返った。人と人とを比べるべきではないのだろうが、入り口に立つ女の子は子供っぽく見えた。女性で錯覚を覚えたのは初めてだった。

「では、ごゆっくり」と言って、詩織さんは奥の部屋に消えた。入り口の女の子は足早に部屋へ入ってきて、お辞儀をした。

「お呼び立てしてすみません。あの…詩織さんとお友達なのですか?」
「いいや、今、初めて話しました。あの人のこと知ってるんですか?」
「美術部の先輩です。確か今は修士課程の2年です」
「そうですか。あ、で呼び出したのは君ですか?」
「はい、その、率直に言います。付き合って下さい」

僕の返事も待たずに、女の子は部屋から出ていった。待ち構えていたかのように奥の部屋のドアが開いた。詩織さんが口笛を吹いて歩み寄ってきた。
「もう終わった?」