NGT48“世界はどこまで青空なのか?”MVが鬼気迫る表現で伝える「アイドルとして生きること」

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映画『溺れるナイフ』や数々のアーティストのMVを手掛けてきた山戸結希監督による同映像。
アイドルやモデルを題材にすることが多い山戸監督の映像は、その時代を生きる少女の刹那が切り取られている場面が多く存在する。
そして映像に映し出される登場人物は皆、自分が存在する場所に居心地の悪さを感じている。
「ここは私の居場所じゃない」、「いつか必ず私を必要としてくれる人に出会える」――そんな自問自答の果てに辿り着く「私はこうありたい」という渇望。
“世界はどこまで青空なのか?”のMVも、アイドルを夢見て必死にもがいてきた荻野の生き様が映像全体に息づいていて、それは個人の想いを越え、映像すべてに映る少女たち=NGT48の意志として輝いているのだ。

AKB48に強い憧れを抱いていた荻野は、これまでオーディションを含む数々のチャンスを前にあと一歩というところで涙を流してきた。
この映像が公開された際のコメントでも、MV撮影中はNGT48に加入するまでの道のりや悔しかったことが蘇ってきたという。
そんな経緯も知ってからこの映像を観ると、より実像としてのアイドルを感じられるだろう。
山戸監督が命をかけて撮った、命を捧げるアイドル。命と命の摩擦から零れ出したこの映像作品は、12分間そのすべてで、少女たちが生きていることを証明し続けている。

NGT48、ひいてはアイドルに対してステレオタイプな意見を持ち続けている人がいるなら、とにかくこのMVを観てほしい。
観た後、たとえそのステレオタイプが取り払われなくても構わない。
雲の向こうに青空が広がっているように、山の向こう、街の向こうに少女たちが生きていることを、どうかこの映像で確かめてほしい。(小田淳治)
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