彼女は五反田や新宿など、都内の繁華街を転々としながら、'21年10月から事件が起きた店で働くことになったという。ミレイさんが続ける。

「当時、私はカネを稼ぐことに躍起になっていました。美大の卒業制作で忙しかったし、出費もかさんでいた。一回の出勤で少しでも多く稼ぎたかった。
だから、その点で中国人客はオイシイ存在だったんです。彼らは生で本番行為をしたがるし、プレイも雑だけど、とにかくカネ払いがいい。私にHIVをうつした中国人たちもそうでした。
だから、精液を無理やり飲ませられるなど乱暴されても、我慢できた。そういう変態はちゃんと欲求を満たしてあげると、リピートしてくれる。
だけど、まさかHIVをうつすためだとは思いもしなかった。本当に後悔しかありません」

HIVに感染していると認識したうえで、故意に第三者にうつす行為は、傷害罪にあたる。実際'17年に、イタリアでHIV感染者であることを隠し、意図的に50人以上の女性と
性的関係を持った男性が合計32人に感染させてしまった事件が起きた。その際、彼は懲役24年の実刑判決を受けた。しかし、今回、カレンさんやミレイさんは同意の上とはいえ、
違法なサービスをしていた後ろめたさもあり、警察や弁護士に相談できずにいるという。何より危惧すべきは、この事件をきっかけに日本でHIVが拡大する可能性があるということだ。

「風俗店でHIVが拡散するリスクは十分にあります。拡散スピードや規模よりも、感染者が無症状期間のあいだ、知らず知らずのうちにHIVを客などの
第三者にうつしていってしまうほうが危惧するべき状況と言えます」(医療ガバナンス研究所理事長の上昌広氏)

カレンさんとミレイさんは最初に中国人を客に取った1月から半年にわたり、出勤を続けていた。いずれも週3〜5回のペースで一日平均、5人以上の客を取っていたので、
二人でのべ1000人以上の客を取ったことになる。その客たちが、別の風俗店を使っている可能性もある。さらに恋人や妻、愛人などと、気付かないまま性交することもあるだろう。
まだ気付いていない人がほとんどだが、水面下でHIVの感染拡大が始まっている可能性が高いのだ。「感染がわかってから、まともに眠れていません。おカネが貯まったら、
風俗を辞めるつもりでした。普通に結婚して、子供も欲しいと思っていた。でもHIVに感染していることをわかったうえで結婚してくれる人なんているでしょうか……」(前出・カレンさん)

わずかな救いは、治療技術の進歩で抗HIV薬を服用していれば、免疫力を維持でき、第三者にHIVに感染させるリスクはないということだ。
「身体の中にあるウイルスは完全に取り除くことはできませんが、新薬が開発されたおかげでエイズの発症をほぼ100%抑えられるようになっています。また、HIV治療は保険適用内です。
身体障害者手帳を取得すれば、さらに自己負担額を減らすことができ、経済的な心配をほぼせずに生活が送れます」(前出・上氏)

近年、中国ではHIVの感染拡大が社会問題化している。中国疾病予防管理センターの発表では、'21年1〜10月で報告されたHIVの新規感染者数は11万1000人。人口比では日本の
10倍以上となる数だ。とくに異性間性交による感染が71%を占めている。若年層の危機意識の低さから中国当局がHIVの簡易検査キットやコンドームを配った地域や大学もあるという。

コロナ禍が落ち着いてくれば、インバウンド需要の高まりで日本を訪れる中国人旅行客が再び増加するだろう。そのなかに無症状のHIV感染者が含まれている可能性は非常に高い。
彼らが大挙して風俗店を利用すれば、今回の事件をはるかに超える規模でHIVの感染拡大が起きるかもしれない。未曽有の危機はごく近い未来に迫っているのだ。
現在、日本と中国は台湾をめぐって微妙な関係にある。しかし、そんな外交的軋轢とは別に、夜の街から日本は危機に陥ろうとしている。

「週刊現代」2022年9月3・10日号より
https://gendai.media/articles/-/99243