本名と云っても、かれらの名前はすでにない。
なぜならば、囁きかける人間の記憶として残る誰かであることを狐が伝えられれば、
その者はいつも記憶の範囲内で返答を迫られるからだ。その為に人は過去を記憶する。
見覚えのある姿に変装した誰かから質問をされる為に。

目の前に現れるかもしれない記憶の彼は、
ほんとうに彼かもしれないし、狐かもしれない。

そして、その嘘か本当か解らない彼がいつまでも怒るようなら、
私は、彼の気持ちが収まるまで、彼の話に付き合わなければいけないのだ。
まるで、彼が作った宗教の中にじぶんが生きているように。

そして、彼がほんとうに彼なのか、変装した彼なのか、
証明する手がかりは何処にもない。彼は私の頭の中にしか現れないし、
私の記憶の中にいる彼は、一度も私と話したことが無かった彼なのだから。

つまり、彼が私をどこまで知っているか?という点においては、
私が彼をどのように記憶していたか?という点でしかない。つまり、
いつまで経っても、私の記憶を調べたのは狐が調べたことなのか、
本人が調べたことなのか、どちらになるのか解らないという事だ。

私と彼が同じ何かを記憶しているのに、
彼だと名乗っている誰かが知らないという展開にならない限り、
相手が彼に成り済ました誰かだという話にはならない。

だが、あの世から来た誰かは、
頭の中に入り、私とだけ喋っている。

私が地上にいる誰かとコンタクトを取り、
その人と彼しか知らないはずの思い出を聞かない限り、
いや、聞いたとしても、話を遮ることは不可能なのだ。

きっと、これは予定だったに違いない。
何かを広める為の予定だったはずなんだ。