ジュク推しいそうだから聞きたいんだけど先生の全てを救うって殺し屋時代に殺してきた人は含まれないの?
それとも罪深い救われない魂と見切りをつけて死を以って救済するとかそういう?
それなら神様気取りとか傲慢って言われるのもわからなくもないんだけどそうすると
ナゴヤもナゴヤで間違えた人(いじめっ子たち)への私刑を是としていたのが気になるんだよね
まあ暴力に暴力って点で目には目を歯には歯を程度だから間違えたらそこで終了=死とまではいかないし
一応主犯格の二人は法で裁いてるようだから更生の予知を残していると捉えていいのかなぁ
仏教的には過ちを犯した人でも許すって感じなら悪即斬な過去持ち(で合ってるの?)の先生を傲慢と否定するだけの描写がほしいんだよな
ただ祖母殺されてる十四達が罪を憎んで人を憎まずとか言っていじめっ子を許してもそれはそれで胸糞悪い