>>328
続)

まあ結局だね、「内心詮索」ってのはイマジネーションが貧しくなったクラスタの言論空間に忍び寄ってくるものなんであって、老いや衰退の証しであるわけだ。その実態は百害あって一利なしで、菅野完の内心講釈を聞いて喜んでるのはジジババだけ。しかも臭い狂信者だけ。

それがイラついてしょうがないのは、コラボ炎上の成り行きがこれで決まってしまったからなんだよ。全く違う展開があり得たという事だけは言えるのでね。自滅的なとんでもねえダメージを喰らってるわけ。