>>231
続)

結局さ、こういうフェミの味方ヅラして今まで適当なこと言ってたパヨフェミ親父どものグダグダ空間に、虚を突いてきたのが暇空だったんだよ。
上にも書いたように、悪代官から農家の娘を助ける桃太郎侍みたいな昭和の時代劇みたいな心理の事を「フェミだ」と思い込んでるような、くそしょうもねえパヨフェミ親父どもってのは、ちだいだけでなく「塩村あやかが"女だから"新日は叩いてきた」と騒ぐ野間も、「アニヲタは自分のズリネタ守りたいだけ」という性の社会悪化でおなじみの菅野完も、「女」性に下駄履かせて囲ってるだけで、はならか自立なんて考えてない。

それでパヨクラスタの内輪で格好が付いてるうちは誰もとがめもしなければ突き詰められもしないけと、暇空が出て来たらそれじゃ済まなくなるんだよwこのハゲどもがこら?www

そんな「悪代官と戦ってる正義の俺」に酔ってきたこのオッサンどもは、暇空という悪代官が現れたって事でいいとこ見せようとして、何の社会性もない係争を引き起こしたりしてるwww
くそしょーもねえすぎだろうがよ?おい?www

だからもはやこのコラボ案件ってのは「暇空の内心」に掘るべき真理があるわけではなく、それこそ法廷や行政機関のような俯瞰・公正性からの判断と、そしてまた「パヨのクオリティ」に真理がある。そこから「表現の自由」が本寸法で議論される局面に来てるわけであって、「表自w」なんていう軽さが世間に通用する局面じゃねえんだよ。
そこでこたつぬこ先生のスペースアーカイブを聞くべきだよね。