>>364
2.発信者の特定電気通信による情報は「侵害情報」と言えない
発信者は、Web掲示板「5ちゃんねる」に書き込まれた内容に対する返信として、アンカー(「>>123」のように、既存のコメントを参照する符号)とともに、新たなコメントを書き込んだ。しかし、プロバイダ責任制限法2条5号に規定された「侵害情報」とは、「特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者が当該権利を侵害したとする情報」を指す。つまり、発信者による特定電気通信が単体で請求者の権利を侵害している必要がある。
「プロバイダ責任制限法を離れた(いわば実態法上の)権利侵害が存在するのであれば被害者救済の観点から発信者情報の開示が認められるべきである」という素朴な価値判断に基づく主張が想定される。しかし、プロバイダ責任制限法は、単に権利侵害が存在するだけでは足りず、あくまでも「侵害情報の流通によって」権利が侵害されたことを発信者情報開示の要件としている。この「侵害情報の流通によって」権利が侵害されたとの要件について、立法担当者は、解説において「本法は、当該情報の流通自体による権利侵害を対象としており、それ自体が違法ではない違法情報へのリンク情報や詐欺行為の着手段階にすぎないような情報は対象としていない」としている。
また、プロバイダ責任制限法の施行10年を受けた同法の見直し作業として、総務省の開催による「利用者視点を踏まえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会」が2011年7月に公表した「プロバイダ責任制限法検侵害情報の検証に関する提言」14-16ページにおいても、情報の流通により直接権利を侵害していない場合(すなわち、情報の流通それ自体は違法とはいえないものの、当該情報と関連性が認められる情報の流通により他人の権利を侵害している場合)の一例として、「例えば、貼付されたリンク情報それ自体は違法ではないといえるものの、リンク先の情報が他人の権利を侵害するような場合」について、「立法の経緯及び文言に照らすと、現状では、これを『情報の流通』に含めることは困難であると解される」と指摘されている。
このように、「侵害情報の流通によって」権利が侵害されたとの要件について、プロバイダ責任制限法の立法当時から長年にわたる関係者間の議論を経た上で、立法担当者等が一致して「発信者情報開示請求の要件としては単なる権利侵害では足りず『侵害情報の流通によって』権利が侵害されたことが必要である」旨の見解を示している。その上、裁判例も、同要件に積極的な意味を見出し、単に権利侵害が存在するだけでは足りず、あくまでも「侵害情報の権利が侵害されたとの要件を満たさ流通によって」権利が侵害されたことを要求している。
請求者は、発信者の書き込んだ内容によるによる権利侵害を理由として発信者情報の開示を請求しているのであって、発信者が単独で書き込んだ内容のみが本請求におけるプロバイダ責任制限法5条1項の「情報」ないし「侵害情報」である。
本件において検討するに、もしアンカーでリンクされたコメントが請求者の権利を侵害するとしても、発信者の送信した内容について同定可能性を満たすに過ぎない。第1項で述べたとおり、これに便乗した新たなコメントが単体で請求者の権利を侵害するとまでは言えないのだから、発信者の書き込んだ内容の流通が「侵害情報」を構成すると言えない。
以上から、本請求について「侵害情報の流通によって」発信者の権利が侵害されたとは言えない。