>>76-77 :愛と死の名無しさん:2013/03/03(日) 10:45:43.51
>その配偶者は自分達の子供がおじ夫婦やおば夫婦の供養をする
>負担を避けたいから難色をしめしているんでしょ。

>受け入れれば金銭的負担(法要だとか)も増えるから、受け入れしたくても
>受け入れられない実情もあるよ。

ここでのおじ、おばに限らず、親族を自分家のお墓に受け入れても負担なんか増えないよ
多くの人が何かしらの負担を強いられると思っているようだけど、
骨を受け入れてあげるだけで十分なんですよ
宗教的には、一緒のお墓に入れられた親族は、その家で祀られるご先祖と有縁諸精霊の一部となるわけだから、
個別の宗教儀式なんかしなくても墓の前で手を合わせてあげるだけで供養になります
代が移って忘れられちゃってても、墓前で「ご先祖様なむなむ」ってするだけで、
いちいちおじさんのこと思いださなくてもおじさんの供養にもなってるんです
坊さんだって法事のときに「○○の菩提をなんとか・・・、先祖一切の諸霊をなんとか・・・」ってやってくれてるでしょ

受け入れても精神的にも肉体的にも経済的にもまったく負担は増えません
いや、遺産とかもらってたら少しは負担してあげてほしいけど

受け入れる費用も、特に坊さんでも頼まない限りは墓までの交通費だけ
受け入れの際に法要をしたって撒骨や永代供養に出すよりずっとずっと安いんです

これはお寺が檀家に指導をしないのがいけないと思うんだけど、

>子供のいない夫婦の兄弟は家の墓に
>入れたくてもその配偶者が難色を示すということが多いんです。

なにより、配偶者が義兄弟を”他人”と思っていることが難色を示す理由と思います
少し前までなら、親戚同士の付き合いがあって、血縁を大切にする教育があったから
たとえ少々の負担があっても受け入れてくれたのにね