父が癌で死んだ。
通夜の前日、ぼくと母は父が最後に着る服を選んだ。
アクアスキュータムのスーツ、ブルックスブラザーズのネクタイ、ダーバンのシャツ。
父は近所のデパートで店員の薦めるままに服を買っていた。
店員はさすがにプロで、本人のセンスはどうであれ、父はなかなかおしゃれに見えた。

だが靴は、、ぼくが子どもの頃から、父の靴はいつも餃子靴だった。
父は紐靴というものがあることも知らないように思われた。
デパートの靴屋さんは父に何を薦めてきたのだろう?

「服はいいとして、靴はどうする?」とぼく
「お父さんがまだ元気なとき、イタリアのいい靴を買ったの。結局一度も履かなかったのだけど。」と母。
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「もらってもいい?」
「大事に履いてくれるのならね」
母が化粧箱から大事そうに取り出した「イタリアの靴」は、マレリーだつた。

二日後、父は旅立った。
アクアスキュータムのスーツ、ブルックスブラザーズのネクタイ、ダーバンのシャツ、マレリーの餃子靴で。
お棺の中で マレリーはとても見栄えがした、
柔らかくて 歩きやすそうだった。