唯物論は全てにおいて脆弱で根拠薄弱なのに何故にこんなにも優越的な立場にいるのだろうか
あの世がある状況証拠としてこの世が存在している
これほどの強力な状況証拠が他にあるというのか
物理は理解どころか現象を確認することさえ出来ない
生物を偶然の産物と蔑みながらその仕組みも分からずに最も原始的な人工生命すら作り出すことが出来ない
つまりこれが噂の唯物脳なのか
自らが待ち望んだことを遥かに超えた世界があの世なのだろう


 


 

寝ている間に見る夢が唯一あの世との連絡場所かも知れないと仮定してみる
ほとんどの夢は生活上に関連したものが大半だが、中にはあの世からの切実な思いも混ざっていることがあってもいい
残念なことに目覚めた時、見た夢を覚えていることは少なく夢を見た記憶がないことも珍しくない
ではどうすれば次の段階、つまりあの世との接点を選別することが可能になるのか
逆にそれが確実に可能となると、絶対的な証拠が初めから見つからないようになっている世界の根幹的理由が崩れてしまうので
自力のみで選別するしかないか


 


 

老い先短い老人に人生は長かったかと問えば、ほとんど全ての老人が短かったと答えた
この人生観について専門家は、老人特有に見られる錯覚であり実際には人生は十分過ぎるほど長いと感じていたはずだと答えた
しかし専門家がもっともらしい学説を当てはめたとしても
老人本人が嘘偽りなく短いと感じているのであれば、本当の意味で短いということが事実ではないのかと思った
何故すべての老人は人生が短いと感じるのだろうか
これが何かの状況証拠に繋がらないかと考えを巡らせてみたが、特にそれらしい答えは見つからなかった

確かに百垓年と比べたら余りに短いとしか言う以外はなかったのだが