「あの世(=死後の世界)は無い」は、非科学的 3
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霊魂や死後の世界が実在するかはともかく。人間の人格や記憶といったものはこの世にある脳によって決まってるものだから、たとえ霊魂や死後の世界なんてものがあったとしてもそこに今の自分で行けると思わんほうがいい。 >>529
確かに
実際生前でも諸々の条件が変化して物の考え自体が変わったりすることはあるから
生きた人間から霊になればそりゃ何を考えるか自分でも見当なんかきっと付かないよなあ
世の中、霊でも良いから死んだ誰かに出て来て欲しいなんて人もいるだろうが
それが実現しないor滅多にない、ってことは
死人は化けて出ることが出来ないか、もしくは化けてまで誰かに会いたいと思わない様に気が変わっちゃうのかも
希望的観測としては向こうが現世がどうでもよくなるくらい良いとこだったら良いんだけどw ボケた老人の体と健常な若者の体で魂を仮に交換したところで、結局ボケた老人はボケたままだろうね。 しかし、またまた楽観ではあるけど
人間ってのは現世で大概ネガティブな物ばかり蓄積してる気がする
それと全部オサラバして旅立てるなら悪い話ではない気もする
霊的な話でも現世の名残ってのは否定的に扱われることが多いんだよな
未練があるとさ迷うとか
生きてる人間が死んだ人間に対して引き摺るのは情であっても相手に良くない影響を及ばすなんて話も まあ結論言っちゃうと、人間どころかひょっとしたらどの生き物も死んだらみんな一緒。 フィクションだと霊魂は生前の姿を引き継いでるのが大体だけど
実際にあるならそうじゃない可能性も高いか
霊魂同士って交流はあるのかな
生きてた国の言語の壁とかも気になる
生前が可愛いor美しい生き物だった霊ならそのままの形だと嬉しいが
おそらく地上にはそのままの姿だとコミュニケーションに差し支えありそうな生き物も多いだろうからw
全生命が同じ様に原形の無い存在になって一緒に存在するってのも良いかもな 「おめでとう」と祝福=日本チームの大阪市立大教授ら―ノーベル物理学賞
10/3(火) 23:32配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171003-00000141-jij-soci
重力波を初めて直接観測した米国「LIGO(ライゴ)」チームの3人がノーベル物理学賞に選ばれたことを受け、日本で重力波の観測を目指す大阪市立大の神田展行教授と伊藤洋介准教授は3日、「心からおめでとうと言いたい」と喜んだ。
2人は岐阜県で建設中の観測装置「KAGRA(かぐら)」でデータの管理や解析を担当。米国や欧州の装置とKAGRAが連携すれば、重力波の到来方向や距離などを正確に出すことができるという。
2019年春までに建設を終える見通しで、神田教授は「KAGRAが動けば確実に成果を得られる。素晴らしい成果を出せるように頑張りたい」と語った。伊藤准教授は02〜05年にLIGOチームでデータ解析に携わっており、「昔の仲間たちにお祝いのメールを送った」とうれしそうに話した。
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【特集】あの人の忘れ得ぬ言葉〜山中教授は昔、何と呼ばれていた?〜
〔写真特集〕東大出身ですが、なにか?
最終更新:10/3(火) 23:35
時事通信 【武田邦彦】専門家が絶対に言わない大麻の真実!『一番正確なデータはコレだ!』
テレビでは言えない『為になる話』
https://youtu.be/O0q4F1Kv_So
スタップ論文を読んでないで批判してる奴ら〜小保方さんの側が正しい
↑では死後の世界のようなことは科学的にまだ不明と言ってるのに
↓はなんなんだ
【武田邦彦】人生が激変する!あの世の世界。科学では否定できない問題。
日本と世界の動き TV
https://youtu.be/7swfphVIskc
※死後の世界※【武田邦彦】死後の世界を否定する人に物申す!!
日本と世界の動き TV
https://youtu.be/6lk1BtBHtBU
※重要【武田邦彦】多次元宇宙と死後の世界へのアクセス
日本と世界の動き TV
https://youtu.be/MkYsaQ9NL9Q 愛する犬猫が「極楽往生」できるか否かの大論争勃発|ニフティニュース https://news.nifty.com/article/item/neta/12180-494976/
面白ニュースではなく、専門家がガチ議論してるところがミソ。
宗教界で「犬猫などペットの動物は極楽往生できるのか?」という大論争
2017年02月27日 13時18分 NEWSポストセブン
https://news.nifty.com/article/item/neta/12180-494976/ ● サルでもわかる三極構造 ●
・第一極・・・保守+国際的に使われる本来の意味でのリベラル(穏健な自由主義者)
・第二極・・・極右の女独裁者と、選別され奴隷と化した変節保身パヨク ←選挙後再び変節か?w
・第三極・・・極左+日本で誤用されるいわゆるリベラル(反日護憲左翼) ←当初合流を望むも拒まれ一転"筋を通した"
(※支持者が総理の演説を大音量で妨害し、党首は革マル派系団体から800万円の献金を受けている/衆院予算委)
※新たな極・・・マスコミによるアナウンス効果(上乗せした数字に支持者が安心→投票に行かせないという狙いか?)
■健全で常識的な国民の皆さん 発表された数字に惑わされず投票に行きましょう。 偏向した”左派”メディアにまたも騙されている可能性があります。 サイレントマジョリティー(謙虚なお人好し)でいることを、私たちはもうやめませんか? 惑星Xが衝突? 「9月23日地球滅亡説」を、NASAがわざわざ否定
9/23(土) 12:11配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170923-00010000-wired-sctch&pos=2
IMAGE: ROMOLO TAVANI/123RF
2017年9月23日、「惑星X」が地球に衝突して人類は滅亡する──。そんな噂話が広まってしまったために、NASAが火消しをする事態が発生した。「地球滅亡説」の科学的根拠はまったくないという。
世界を滅亡させうる12の大惨事と、10の対策
デイヴィッド・ミードとその信奉者たちによると、終末(アポカリプス)が差し迫っているのだという。
聖書の「黙示録」の第12章には、「天に大きなしるしが現れた。ひとりの女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には十二の星の冠をかぶっていた」と書かれている。そして2017年9月23日、大乙女座のなかで、惑星と恒星の直列が実現するのだという。
月はまさに乙女座の下を通り、人型の上部は水星、金星、火星、さらには獅子座の最も明るい9つの星により囲まれることになる。
また旧約聖書「イザヤ書」第13章では、ある予言が述べている。「見よ、主の日が来る。残忍な、怒りと憤りの日が。大地を荒廃させ、そこから罪人を絶つために。天のもろもろの星とその星座は光を放たず、太陽は昇っても闇に閉ざされ、月も光を輝かさない」
ミードの予言を完成させるにあたって、「ニビル」を欠くことはできない。そう、伝説的な「惑星X」だ。人類を滅亡させるといわれる惑星Xは、地球に衝突し、衝撃は地震と津波を引き起こし、あらゆる生命体を消滅させるだろう──。
この話は気に入っただろうか? これはミードが書いた『惑星X──2017年到来』で読むことができる。もしくは、ウェブサイト「Planet X News」でも掲載されている。魅力的な物語かもしれないが、科学的な根拠は何もない。
だが「9月23日地球滅亡説」がネット上で広まってしまったため、ついに米航空宇宙局(NASA)も火消しのために介入。惑星ニビルの存在が、どれほど蓋然性の乏しい仮説であるかを説明しなければならなくなった。たとえ地球と衝突する可能性のある天体が存在するとして、巨大でそれほど近くにありながら、あらゆる宇宙観測システムを免れていることはありえない、と。
指摘しておくと、ミードは有名な天文学者でも、国際政治学の専門家でもない。経済学と天文学、そして統計学というあまりはっきりしない学歴のあとに、法医学の分野で働き、Amazonで本を出版している。
彼の好む議論は、アポカリプス以外では、トランプ大統領に対する陰謀、世界的な電磁気の嵐、科学と聖書のつながりだ。科学者としてはまったくいい評判を得ていないが、彼の本はたくさん売れている。
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GIANLUCA DOTTI
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最終更新:9/23(土) 12:11
WIRED.jp 物理として生まれることもなくなる事も無い
死そのものが自然には存在しないかに死後の世界は無い 多次元宇宙仮説前提にされてもねえ
科学では否定できないって言っても、現状の科学と武田さんの理解では否定できないというだけだし
死とは何かを定義しないと、死後もクソも無い
科学者は天動説を典型に、自分が発見した事象を理解しているとは限らない
武田さんはその方面はあまり知らないんだろう 雷がなんだかわからない時代に神鳴りだと言うようなものかな
多次元宇宙論なんてのは在るかどうかもわからないのを前提にするのはおかしい
最新学説なんてのは怪しさ満載だし、宇宙論なんてのはこの数十年出ては消えの連続だし
武田さん、そこはおかしいですよと言いたい
唯物論者とあの世派との勝負か
どっちが勝つんだろうね
正解は寿命が必ず答えを出してくれる
必ず出ることになっている
状況証拠はどちらの味方をしてくれているか
真面な反論が出来ない時点で決着はついているのか
初めは物理や生命の解明が出来ていたとしても大した問題ではないと思っていた
物理現象の完全な解明は当然出来ているものだったし、生命も物理現象の元、活動していると考えていた
それでも現実として意識や意志が存在することで、実質あの世が存在することになるとしか考えられない状況だった
しかし物理や生命は低能力な人間には知ることも理解も出来ない神聖なものだった
これは本当に意外だった
物理学者や科学者の不遜で自信ありげな態度からは想像がつかないほど、全く何も分かっていなかったからだ
さらにこれからどんなに時を経ても何も分からないし、何も出来ないことが確定しているなんて受け入れ難いことなのかも知れない
わたしはわかっている、ということの証明はされていないから、決定不能だな w わたしはウソをついている と
わたしはわかっていない は
似ているな その場合は自己言及の場合に限られないかな
対象があって、その関係の上だと真偽がはっきりするんじゃないのかな 真偽がはっきりしても大した問題じゃないな
あの世がないとはっきりしても、意識や意志、自分という実感を特別と思うことが強いから感情的に認めたがらないだろう
そもそもあの世があると、死んでも意識があると思う理由がわからん
気絶した時は意識がない訳でね 俺なんかは死んだらそれまでと思っている
ただ祖父母にも両親にも兄弟にも恵まれたんで
祖父母の死はほんとうに辛かった
あまり辛いと涙も出ないんだなあと思った
というか茫然自失だった
死は当たり前なんでけど
早朝歩いていて、ふと空を見上げて亡き人を思って
視線を戻したら、腕に一粒の大きな涙が落ちて驚いた
死、とりわけ愛し愛された人のそれは痛切としか言いようがない
残念ながら正しい認識はなんら慰めにはならない
慰めになるとしたら、そのような人たちの元に育まれた幸運を感謝することくらいかな
そして、またその生き様を継いでいくことでしか報えない気がする ある勝負事に名人と称せられる人は
人は必ず負ける、問題はその負け方だと語っている
死を思い、どう死んでいくのかということかな 学問とは究極人間がどのような存在なのかを理解するという自己言及なのかも知れない
個人的にはどのように生き、どのように死ぬべきなのかがわかりたいだけかも
「一垓年が短いとは一体どういうことなのか」
脳に損傷を受けたら魂まで影響を及ぼすなんておかしいので
魂は存在していなく、物理的な脳が全ての行動を確定するというのは短絡的な発想でしかない
まずこの世というか現実世界は物質や物理現象と密接不可分な関係にある
物理現象を超えたものは不可能なのだから生命活動の主体である脳が物理的に損傷したら
それら物理的制限を当然受けることになる
何かしらの病気になったら苦痛や倦怠感を伴うが、別に魂が物理的に病気の影響を受けるわけではないのに
何故か魂にも確実な影響が出ているので現実世界で活動するには魂も物理の影響を避けることは出来ない
それの究極が寿命で、寿命が尽きたら魂は物理的に存在出来なくなる
幽霊がいないのは物理現象の制限による結果でしかない
魂は物理的な現象に依存しないと現実世界では自己表現が出来ないということだ
だったら他人に乗り移ればいいと考えるかも知れないが
物理的な脳は今までの経験値によって形成されているので他の魂が乗り移ったとしても
脳の構成物質が変形する事も無いので同じ行動や思考しか出来ない
そもそも同じ生命体に二つの魂が同居することが出来ない様になってるのかも知れないが
現実世界では魂より物理的な脳や体によって左右され決定される
現実世界の優先順位は物理現象が最上位に来ている
(続く)〜 〜(続き)
それなら植物や昆虫、微生物や動物などはどうなっているのかというと
もしかしたら初めからそのようなことをする魂なのかも知れない
魂というと人間しか思い浮かべないのは狭量な考えに過ぎなく
個人的に人間や動物、昆虫などには大した違いがあるとは思わないが
これが植物や微生物となると大きく考え方を飛躍しないと成立過程を掴みきれない
まさに魂とは何なのかということになる
植物や微生物も自身の物理構成物質に順じた制限を持って魂の生命活動寿命が尽きるまで行動する他はない
また死んだら終わりという概念は、生まれたら始まりという現実と表裏一体のものであって何の意味も無いないことが確定している
いつものように別人格になるのだから終わりと同じであるという決めつけも、
宇宙と物理現象が一つしかないという希薄な希望に頼るしかない脆弱な逃げ口上となっているが、
その頼りである物理現象も根本的にはまるで理解出来ないという裏切られた状況であることすら理解しようとはしないのか
魂とは生命そのものであり、未知の物理現象であって科学の限界が証明されつつある今は
それ自体の正体を知り得る手段としては寿命を終えた結果を待つしかないのであろうか
唯物論者がこの説に反論するには人工生命を作り、人工知能を作り、生命活動がただの偶然説であることを証明しなければならない
しかしこれらは全て不可能となっていて、常に将来的には実現可能という自らが否定している宗教教義と
何ら変わることのない同程度の決まり文句しか発することしか出来ないほど落ちぶれた思想で勝ち誇っているに過ぎない
究極の極小世界は何によって構成されて、何の力学で現象確定しているのかを知らなければ
物理現象の深淵に到達したとは到底言えないし、この事実は魂の否定を実質困難なものにしていることを人は認識すべきなんだろう
この世は人間如きが考えるほど底の浅い存在ではない >この世は人間如きが考えるほど底の浅い存在ではない
と、人間が考えるんだから、この認識も底が浅いということだな じつは、自然には物理現象しかないことは証明されている
魂が非物理だと言うのなら、それは無いということになる
いろいろ勉強してからでも遅くは無いんだけど、思い込んでいる人には何を言ってもね
本当の勝負はあの世に行ってから決定される
運だとか才能だとか容姿なんて物は何の関係もなく、生前の努力のみであらゆることが決まって行く
もちろんこの世の人生で成し遂げた成り行きなどはまるで考慮されない
その理由は努力と結果には何の関係も無いからだ
寧ろ、運や才能や容姿は真の努力を行う上での足枷でしかない可能性の方が高い
この世の人生はただの序幕に過ぎず、たかが百年程度は本当の人生の一秒にも遠く及ばない
この世の努力内容のみが本当の人生を位置付けるものになっていることに気付かないという怠慢は状況証拠によって有り得ないということだ
「さよならだけが人生だ」という至言も「努力だけが人生だ」という真実に裏付けされる弁証法による概要となすべきことなのだろう
承知の域として感性に乗じて自動に紡いだ文学ということで言い得て妙とも違わない
結局、人間にとって論破が全てだったな
言い換えれば、人間には論破以外は何も存在しない
全ては論戦に勝てるか負けるかそれだけだ
似非論破で勝ちを誇っても何の意味もない
本当の意味で論破した時だけ人間としての価値がある
論破出来なかったらその内容は無価値であって、勘違いに固執する根本的に間違っていることの立証でしかない
短い単語だが「一垓年」の長さとは一体どの位の長さなのか
そして「一垓光年」とはどれ位の距離なのか
これだけでも人間は自分が馬鹿だってことに気付かないほど馬鹿だったのかということが分かる
本屋や図書館の本を見ていると一生の内に全部を読むのは不可能だなと感じる
しかし、一垓年あったら全てを読むことが出来る
概して、一垓年は実際にあるということなんだろう
何を言っても物理現象が理解不能だからな
結果、何でも有りだよ
何々が無いなんてことはない
この世に神などがいないと言ってもあの世にはいるかもな
あの世には人間が想像するものは全て本物として揃っている
想像を超えたものさえもあるだろうな
使い古された言い方だけど、いったい生命は何処から来て何処に行くんだろう ジョン・ウェインの霊を出してくれよ まさかに日本語か? 科学的に考えると現世はコンピューター上のヴァーチャルで死ぬとリアルに戻るとか
リアルだけど肉体は遠隔操作のアバターのようなもので死ぬと肉体を持たない本来の世界に戻るとか
むしろ肉体を持たないエネルギー生命体の罪人が地球と肉体という流刑地に流されて拘束されている
早死する者は刑期が短い、もしくは欲望にとりつかれたどうしようもないやつが現世に隔離されて
永久に輪廻させられている、そういう考え方もできる、だから主要な宗教は禁欲をリスペクトする ニュートン卿が大地に根ずいた生態系の一部であるから地球の慣性では正確に成り立つ
それを考えると結論、
ユダヤ系も白人も黄色人種も黒人も俺も大いに反省して欲しいからだ
皆、宇宙船地球号の仲間だからな
デカルトよりもブレーズパスカルを手本にして生きて欲しい 大地に根付いた生態系の一部であるという
ニュートン卿が未知の宇宙とは言わずに未知の真理の大海と言ったことがようやくわかった
ニュートン卿の物理学は地球の慣性系で成り立つ 地球物理学
生物は動物は死にそうになると必死で逃げるからな これが生物に魂が宿る理由 物質は殺しようがない物 >>567
そういうふうに考えるお前や俺も他の動物と同じように死にそうになる逃げだすだろ?大地に根づいた生物だからだ
これは比定できんだろ 確かにデカルト哲学は産業革命の原動力となった
しかしデカルトは考える自分が地球上の生態系の一部のキモヲタという種の生物である自覚がなかった。
ニュートン卿が晩年に聖書ばかり読んだのは考えるキモヲタという種の生物だったことに気づいたからだ。 >>567
そういうふうに考えるお前や俺も他の動物と同じように死にそうになる逃げだすだろ?大地に根づいた生物だからだ
これは否定できんだろ 確かにデカルト哲学は産業革命の原動力となった
しかしデカルトは考える自分が地球上の生態系の一部の人類のキモヲタという種の生物である自覚がなかった。
ニュートン卿が晩年に聖書ばかり読んだのは考える人類のキモヲタという種の生物だったことに気づいたからだ。 >>567
ニュートン卿の後にナイトの称号を授かった人物で種の起源を書いたダーウィン卿がいる
たぶんニュートン卿の万有引力の法則は仮説ではない天文力学ならほとんど仮説ではない
でもニュートン卿が自分が地球上の人類のキモヲタという種の生物であることに気づいたから、
ダーウィン卿がニュートン卿のやり残した仕事を引き継いだはずだ >>567
パスカルが身体が弱く39歳で若死にしてなければ、もっと独自の自然哲学体系を築いていただろう
パスカルの圧力の原理は未だに機械工学に応用されてるし、
パスカルは自分が地球上の生態系の一部の人類のキモヲタという種の生物である自覚があった
長生きしていればニュートン卿と並ぶ、パスカルは自然哲学者になっていたかもしれない
アインシュタインの光速度不変の原理というわけのわからない原理よりもパスカルの原理のほうが応用されている
唯物論は全てにおいて脆弱で根拠薄弱なのに何故にこんなにも優越的な立場にいるのだろうか
あの世がある状況証拠としてこの世が存在している
これほどの強力な状況証拠が他にあるというのか
物理は理解どころか現象を確認することさえ出来ない
生物を偶然の産物と蔑みながらその仕組みも分からずに最も原始的な人工生命すら作り出すことが出来ない
つまりこれが噂の唯物脳なのか
自らが待ち望んだことを遥かに超えた世界があの世なのだろう
寝ている間に見る夢が唯一あの世との連絡場所かも知れないと仮定してみる
ほとんどの夢は生活上に関連したものが大半だが、中にはあの世からの切実な思いも混ざっていることがあってもいい
残念なことに目覚めた時、見た夢を覚えていることは少なく夢を見た記憶がないことも珍しくない
ではどうすれば次の段階、つまりあの世との接点を選別することが可能になるのか
逆にそれが確実に可能となると、絶対的な証拠が初めから見つからないようになっている世界の根幹的理由が崩れてしまうので
自力のみで選別するしかないか
老い先短い老人に人生は長かったかと問えば、ほとんど全ての老人が短かったと答えた
この人生観について専門家は、老人特有に見られる錯覚であり実際には人生は十分過ぎるほど長いと感じていたはずだと答えた
しかし専門家がもっともらしい学説を当てはめたとしても
老人本人が嘘偽りなく短いと感じているのであれば、本当の意味で短いということが事実ではないのかと思った
何故すべての老人は人生が短いと感じるのだろうか
これが何かの状況証拠に繋がらないかと考えを巡らせてみたが、特にそれらしい答えは見つからなかった
確かに百垓年と比べたら余りに短いとしか言う以外はなかったのだが >>571
パスカルはキリスト教神学者だったから好きなことが言えなかった
ヘレンケラーが思考つまり考える人間で重力加速度あるところじゃないと理性的生物にならない
パスカルはキリスト教神学者だったから好きなことは言えなかった
それを考えると結論、
ユダヤ系も白人も黄色人種も黒人も大いに反省して欲しいからだ
皆、宇宙船地球号の仲間だからな
ガリレオが重力加速度を発見したから、デカルトは「我、考える故に我あり」必然的に発見した
フランシス・ベーコンとルネ・デカルトを手本にして生きて欲しい
富と地位ある者は富と地位を守りなさい貧しい人々は自分で自力で真っ当な仕事で地位をつかみお金持ちになるように努力しなさい
これじゃないと資本主義が成り立たない、共産主義思想になる パスカルはキリスト教神学者だったから好きなことが言えなかった
ヘレンケラーが思考つまり考える人間で重力加速度あるところじゃないと理性的生物にならない
パスカルはキリスト教神学者だったから好きなことは言えなかった
それを考えると結論、
ユダヤ系も白人も黄色人種も黒人も大いに反省して欲しいからだ
皆、宇宙船地球号の仲間だからな
ガリレオが重力加速度を発見したから、デカルトは「我、考える故に我あり」必然的に発見した
フランシス・ベーコンとルネ・デカルトを手本にして生きて欲しい
富と地位ある者は富と地位を守りなさい貧しい人々は自分で自力で真っ当な仕事で地位をつかみお金持ちになるように努力しなさい
これじゃないと資本主義が成り立たない、共産主義思想になる >>570
パスカルはキリスト教神学者だったから好きなことが言えなかった
ヘレンケラーが思考つまり考える人間で重力加速度あるところじゃないと理性的生物にならない
パスカルはキリスト教神学者だったから好きなことは言えなかった
それを考えると結論、
ユダヤ系も白人も黄色人種も黒人も大いに反省して欲しいからだ
皆、宇宙船地球号の仲間だからな
ガリレオが重力加速度を発見したから、デカルトは「我、考える故に我あり」必然的に発見した
フランシス・ベーコンとルネ・デカルトを手本にして生きて欲しい
富と地位ある者は富と地位を守りなさい貧しい人々は自分で自力で真っ当な仕事で地位をつかみお金持ちになるように努力しなさい
これじゃないと資本主義が成り立たない、共産主義思想になる 死後の世界の概念を作り出すことで今を生きる人間の意識を管理している
人は死ぬことで残された人の心(意識の中)に残ることになる
ただそれだけだ これに関しては不気味な世界がある。
あなたたちがこの地球に生まれて毒された情報でした想像とはおそらく少し違う世界。
むしろデータのようなものである形でしかし、視覚的な世界。
また、その世界をこの文章から読み取るには字に描かれた形はなんら意味しない存在しない思考で見なければいけない。
改訂版
老い先短い老人に人生は長かったかと問えば、ほとんど全ての老人が短かったと答えた
この人生観について専門家は、老人特有に見られる錯覚であり実際には人生は十分過ぎるほど長いと感じていたはずだと解説した
しかし専門家がもっともらしい学説を当てはめたとしても
老人本人が嘘偽りなく短いと感じているのであれば、本当の意味で短いということが事実ではないのかと思った
何故すべての老人は人生が短いと感じるのだろうか
これが何かの状況証拠に繋がらないかと考えを巡らせてみたが、特にそれらしい答えは見つからなかった
確かに百垓年と比べたら余りに短いとしか言う以外はなかったのだが
それが千垓年、一𥝱年だとしても人の許容感性に対して須く違いを見出すことが可能だったのかは心許ないと結論した
各自寿命を超えた将来性に精進すべし
自らの決定項は自らが選別権を持って責務を全うす
であるから選択権の多しはより優越な保険を持たざることと言えり
逆の貧困選択肢たるはその運命を持って天の前に胸を張るなり
真実として
雉も鳴かずば撃たれまいではなく
雉も生きずば撃たれまいであったのか
人も生きずば永遠程度には落ちまいにだったか
それでも地球と宇宙のようなものは無限に繰り返されるので生きない選択肢は存在しない
あの世とこの世は表裏一体の関係
どちらか片方しか無いということは在り得ない
というより多面体の表面と裏面の関係と言えるのだろう
その多面体も無限体になり表裏の関係も複雑に混然として判別が無意味な状態になっている
死後の世界かどうかは解らないけど体外離脱してみれば魂というか意識体というものがどんなかんじなのか疑似体験できるからトライしてみるといいよ
その気になれば意識だけを宇宙空間に飛び出させることも可能だから 「体外離脱」できるオマエが5ちゃん物理板に巣食ってるからデタラメだと馬鹿でも判る
人生って何に気付いたら正解なんだろうな
あの世があることは誰でも当たり前に考えるので答えではない
もっと他に気付かなければならないことがあるはずだ
空間の無限性か
時間の無限性か
物質の無限性か
現象の無限性か
生命の無限性なのか
生命の何に気付けば正解として認められるのだろう
遠く離れた場所に映像を送れるなんてすごい
過去に起きた出来事を記録して未来に見ることが出来るなんて
人間の英知はすごいでは無く
初めからそれらが用意されている宇宙がすごいだけだ
その証拠に何も用意されていないものは何一つ実現出来ていない
人工生命は作れない
寿命を無くすことも出来ない
太陽系外に到達することも出来ない
極小物質の究極的根幹にも辿り着けない
記録していない過去の出来事は再現出来ない
人は低能としての自分に気付き、他の生物の本質に迫ることだけが正解への道なのだろう
人の意識は所詮ニューロンネットワークが作り出した幽霊
幽霊だからあの世の夢を見たり願望しても不思議でもなんでもない。
人体ハードウエアの機能停止すれば消えるだけ。 >>571
光速度一定の原理は明白だけどな
つまり絶対座標は実在しないということであり、自然は運動しているということ
自然は無矛盾ということね いろいろ誤解しているみたい
論理と自然は=じゃないんだけどね
論理はそのまま自然を反映しているわけじゃあない 十の証拠があれば十の理論が生まれる
真理はそのうちの一つだ
イザエル・ガウの厳正さ
人は自分の視点で理解するからなあ 雷なんてのはフランフリンの危ない実験までは正体がわからなかった
判らないものは判らないとしなければならない
それは将来にわたってもわからないものであるということが証明されれば
判らないと確定する
光速度一定の原理にしても、中々面白い理解があったりするし
観測問題、不確定性原理も模索中でしかない
まあ、面白い合理的理解は存在するけど、ブリゴジン学派の観測問題の仮説は面白いし
個人的にはとても有望だと思っている
これらも、これからも絶対に判らないのか?ということを確定しない限り
判らないのだとは言えない 人間は現在を固定して理解しがちだが、その実自然も社会も学問も過程としてある
いずれにしても現在の学が最終形態とはいえない訳で
ブリゴジンは科学は始まってもいないと語っている
これが正しいかどうかもわからないが、とりあえず現在の学を固定して
これからの発展はありえないという証明は誰もしていない 学の最先端は混沌としているからなあ
ある科学者は最先端が一番危ういと語っている
相対性理論の前提、量子力学の諸難問は未だに解かれてはいないが
わたしなどの素人が少し足を伸ばすとそれでも様々な模索があると
判ったりするし、いろいろ決め打ちしてしまうのはどうかな >>586
人間とともに寿命が尽きるのではないのでしょうか?
無知なので教えてくれればありがたい >>595
年代は忘れたがかなり昔に亡くなった女性のがん患者の細胞は
シャーレの中でまだ生きてるよ >>595
もう少しいうとテロメアというのがあって普通なら42回?72回?
分裂できる回数が決まってる、分裂するたびに回数券が減っていくような感じ
これが寿命
がん細胞はこのテロメアがぶっ壊れてる !凄い・・・
栄養補給はどうなっているんでしょうかね
栄養補給が続く限りずっと生きているということなんでしょうか テロメアですか
不死細胞はがん細胞というのは読んだことがありましたが
いやはや >>598
さすがに培養液がないと生きてはいないです。。 でしょうね w
培養液供給可能環境があればということですか
ある意味では環境の寿命=癌細胞の寿命ですね >>584
>極小物質の究極的根幹にも辿り着けない
だからさ、いろいろ誤解していると思うよ
これにしても究極根幹は無いとすると合理的なんだけどね
いずれにしても、現在の科学の在り方が最終だと思っていて
それをある理解の下に裁断している
それが正しいという保証は実はどこにも無い 決定不能ということを学べば、自然が無矛盾で理解できるから、実は決定不能になるんだけど
いずれにしても、現在の科学が最終形態と思い込んでいる
それが最終形態だと証明しなければならないし、危うい基礎に立論しているということなんだ
「科学の終焉」に対してブリゴジンは最悪の本だと語っている
フクヤマにしてもホーガンにしても対象の現在の在り方を固定している あの世実在論者は現在の学問の在り方の一面的な固定から出発している
しかしそれはなんら真理であることを保証しない
その理解の基礎自体が確定しているのではないから つまり仮にこうだとしましょうということが、こうだと確定してしまっていることに起因している
それは実に危ういし、仮定が崩れないことを証明しなければならないことに気がついていない 光速度一定の原理は自然において運動しない何ものも実在することは無いことを示す
エーテルとは光の速度を変えるなにかだが、それは実在しないことはエネルギー存在の否定を意味しない
それは量子力学が保証している
生まれるというのは物理状態の変化で、死もまたそうである
わたしは赤ん坊から現在まで大きく変化しているのに、同じわたしとして捉える
地球も太陽も自然も同一として実在することは無いが、同一で理解する クレタ人の逆説は、じつは対象をその否定で理解するから生じる
運動を理解するのは静止で理解する
クレタ人の逆説は決定不能の命題ということだが
ヘーゲルの矛盾とは、じつはこの決定不能が正体ということになる
意識は薬で沈静したり、撹乱したりするし、脳を吹き飛ばせば消えてしまう
このことは意識が物質に呪われている、つまり物質の随伴現象であることを示し
脳がなければ現象しないことを意味する
自然は運動するエネルギーの濃淡の海でしかなく、それ以外は実在しない 自然がそのような存在なら粒子は波が渦の状態を呈しているとすれば解決するし
そのように理解することは古代ギリシャ、十九世紀英国科学者、現代ではブリゴジン学派
とあり、突飛な理解ではないし、ラーナーという科学者は銀河の渦の方程式との酷似性を指摘している
不確定性原理もまた、静止で運動を理解するということから当然生じることでしかない 以上は現代科学の諸難問の解決案の一つであり、また哲学、数学の不完全性定理理解の一助になりうるだろう
現代学問は完成形ではないことをこれらの試案は示している
これが真理かどうかはこれからの科学の進展にかかっているが
ある一つの理解で、すべてを裁断できるわけではない
十の証拠があれば十の理論が出てくるが、真理は一つだ
と語るブラウン神父のセリフは正当だろう
ただ十の理論のうちのどれの一つが真理かどうか、未だわからない
あの世の実在論者は、ある一つの理論に依拠しているのだが
それが真理かどうかは未だにわからないから、断定することは
他の諸理論どうよう仮説の段階でしかない
それは自然が答えてくれるだろうが、それはまだまだ先のことだろう >現代学問は完成形ではないことをこれらの試案は示している
>これが真理かどうかはこれからの科学の進展にかかっているが
>ある一つの理解で、すべてを裁断できるわけではない
訂正
今のところはすべて仮説段階であり、ある一つの理解が正しいと決まっているわけではないし
現状は一つの理論で正否を裁断できる段階ではない アインシュタイン・ロマンに出てくるエンデの理解もまたその一つでしかない
彼はそのことに気がついていない
確定していないことであれこれ理解することはかまわないが、それが真理であると理解することはできない
あの世が存在するということもまた仮説の一つにしか過ぎず、なんら証明されているわけではない 科学は自然科学で自然を対象とする
この自然には運動しない何ものもない→光速度一定の原理で証明済み
つまり自然は矛盾しないからこの世に対立するあの世は存在しない
証明終わり あの世があるという理解が非科学ということはたしかだな 人間脳の記憶と意識(短期記憶)を電子データとしてAI記憶に転送できれば
VRの「あの世」で生きることができる。
意外と仏教は真実をついていたのかな
人生は終わってもまた何かしらの生命として始まる
地球が寿命を迎えて生命が絶滅しても宇宙と同じようにまた地球のようなものは必ず誕生する
そして多様な生物が同じようなことを延々と繰り返す
これだと救いがないので物理現象の違う別宇宙である「あの世」が存在する
分かりやすい構図だ
これ以上の答えがあるのか
教えの内容を見るとその後の人生展開についてもそれなりに筋が通っている
子供の頃は大袈裟だなあと思っていても事実は全く大袈裟でもなく普通に成立していた
特に時間認識がどの宗教と比べても秀逸だ
無差別は無限選択
一生も無限選択
キャラ設定はあの世で本物と出会うことになるのか
自分が望んだ世界がそこにある
唯物論は都合のいいところだけを摘まみ取ってチグハグな理論構築をしているだけ
そしてあの世に行ってこの世には何処にも存在しなかった永遠を知る…
それで良いのかどうかは自分次第か
改訂版
人生って何に気付いたら正解なんだろうな
あの世があることは誰でも当たり前に考えるので答えではない
もっと他に気付かなければならないことがあるはずだ
空間の無限性か
時間の無限性か
物質の無限性か
現象の無限性か
生命の無限性なのか
生命の何に気付けば正解として認められるのだろう
遠く離れた場所に映像を送れるなんてすごい
過去に起きた出来事を記録して未来に見ることが出来るなんて
人間の英知はすごいでは無く
初めからそれらが用意されている宇宙がすごいだけだ
その証拠に何も用意されていないものは何一つ実現出来ていない
人工生命は作れない
寿命を無くすことも出来ない
太陽系外に到達することも出来ない
極小物質の究極的根幹にも辿り着けない
記録していない過去の出来事は再現出来ない
人は動物と同程度の低能としての自分に気付き、他の生物の本質に迫ることだけが正解への道なのだろう
あの世で答え合わせがされるまで、考えるしかない
>>617
オマエが物理板に巣くってる てことは物質から離れられない哀れな奴。
オマエも所詮、物質が作りだした幽霊のたわごと。 アステカのチャックモール(確かに羊毛の服)は心臓を持ってる役。
そこで長蛇の列の人たちが並んだ先でたんたんと心臓を抜かれて死んでいった。
仏陀経典を見た。経典には、
→煩悩など毒蛇だから家の外に出しなさい、(中略)、心臓をクリシュナーに持て。
で、チャックモールは羊毛の人。
で、どういうわけか仏教経典に似かよってた。
シーポツノッターからいえることは↓
虎フグの心臓。
わたせない。たべれない。手にきずをつけてはならない。もつことはできる。
もうひとつ付け加えるなら危ないことになったら持ち続けた方がいい。
でもずっと持ち続けなければいけなかったらどうしよう。
シーポツノッターは
→http://kakenomasatoshi.at.webry.info
なので、
日本について。
たんてきに溶岩の石を身に付けていたらいいのではないだろうか。
溶鉱炉に落ちるわけでもなく。もう持ってるって。
日章旗でもいいだろうけど。 物理学もおもしろいけどネットで儲かる方法とか
グーグルで検索⇒『羽山のサユレイザ』
Y6I9R この世があればあの世も存在するは否定出来ないが
科学的根拠となると
次元が違う世界で違う物理定義が成されている高次元の現象を
現世である低次元からは証明のしようも無いからな
この先も恐らくは仮説の域を出ないだろう
昔の人は消えてしまった
一体何処に行ってしまったのだろう
今いる多くの人達もこれから何処へ行ってしまうのだろうか
そして未来に存在している多くの人達は一体何処から来るのだろう
昔の人はただ消えてしまっただけというぞんざいな単純化には到底組み出来ない
それなら今いる人はただ現れただけという単純化になるが
存在しているという過剰な重みに対してあまりにも思考放棄に過ぎる
あらゆる生物は全く同一だと思うが
人間だけが自由な意思による突出した選択権を与えられているようにも見える
ほぼ限りのない選択権を好き勝手に選び放題なのに
わざわざ自ら永遠を選択する不思議
人間はいつから理解出来ないことが理解出来なくなったのか
人間は自身を過大評価し過ぎた
それも科学の終わりによってようやく等身大の自分に戻ろうとしている気がする
心配しなくてもあの世はたぶん確実にあるからもっと安心して良い
真の意味で平等に扱ってくれる唯一の場所だから
やりきれなかった恩返しもあの世で必ず出来るようになる
ただし生前に恩返しの意思を持っていた場合にだけだ
何故ならあの世に行ってから恩返しをしようと思うなんて明らかに不自然だからな
あの世からこの世をじっと見守りながら
ずっとこちらが行くのを皆が待っていてくれる
寿命が尽きたら全てが終わりというのも科学と共に立派な妄想になった
佐野元春の曲でもあったな
終わりが始まりって
人生は恐ろしく長い
一人じゃなくても
現在の我々の住む宇宙は「無」の状態から138億年前のビッグバンにより定義された
そして地球上の生命は、およそ37億年前には存在していたと考えられている
また、細胞を基本の構成単位としていること、核酸・タンパク質・脂質などからなることなどから、地球上の生命は全て単一の祖先から進化した
多くの宗教においては、死後の世界もしくは、輪廻、転生などがあると考えられている
この場合、人間の主体、存在の本質、あるいは人格そのものを、魂、霊魂と呼ぶ。生命と霊魂を同一視するかどうかは、諸処の例がある マクロな宇宙も量子力学的には
無=無限大
ミクロな粒子も
存在しているといえるし存在していないともいえる
有機物である全ての生命には魂が宿るが
不可逆的に一度その生命の活動が失われれば
その魂はまた別の新たな生命に寄生する
細菌、微生物を含め地球上にはどれ程の生命体が存在してきたのだろう
進化を義務付けられた生命には
生と死の明確な境界線は存在しないのかもしれない
個体生命の死によりその記憶は失われるがDNAは引き継がれ、別の個体へと生まれ変わっても自我は存在し続けるのだから 中枢神経系のGABA受容体を阻害して神経伝達を止めれば意識は消える。
合理的推論として、神経伝達が不可能な程度に脳回路に破壊が起これば、意識は不可逆的に
消失する。
それで、死後がどうしたって?
桜の木の肥料にでもなりたいか? 脳回路が作り出した幽霊は機能停止の恐怖からあの世を願望する。 願望が必ずしも事実でないことは物理屋なら十分ご存じの筈 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています