#25(寅次郎ハイビスカスの花)より

沖縄県本部(もとぶ)町。海辺の一軒宿の離れにて。
仕事から帰った寅は、リリーと夕餉をとった後、居間に横たわって眠っていた。
母屋でオカアサンが三味線を鳴らしながら唄っているのが聞こえる。
【中略】
リリー: はい、寅さん。(枕を差し出す)
寅: ん、んん…(目が開き、起き上がる)あぁ〜っ、すっかり寝ちゃったな。
リリー:(団扇で寅を扇いでやりながら、にっこりと微笑みかける)
寅: はあー、もうだいぶん遅いんだろう。そろそろ寝るか。
リリー: いま、お茶入れるよ。このお土産食べよっ。
寅: うん。
リリー:(急須に茶葉を入れる)
寅:(オカアサンの唄いに気づき、母屋の方を見やる。)
あぁ。オカアサンまた歌、唄ってら。
リリー: 死んだ旦那さんがね、大好きな歌だったんだってさ。
寅:(団扇を扇ぎながら)ん〜ん。大酒飲みだったんだってな。
オカアサン、随分苦労したろう。
富子:(母屋から姿を現し庭に降り下足を履く。離れの寅達を見る。)
寅:(富子に対し)ご飯済んだか?
富子: うん、済んだ。
寅: んん。
リリー:(富子の姿を確認し、湯呑みに茶を注ぎ出す)
さっき、ご飯作ってたら、富子ちゃん来てね。
寅: かわいいな、あの娘はな。
リリー:(茶筒にフタをしつつ)
私に、訊きたいことがある、っていうの。
寅: 分かった。レコード歌手に成りたいって言ったんだ。
おまえ、止めろ、と言ったろ。
この道の苦労は、おまえが一番知ってるもんな。
(といって湯呑みに手を伸ばす)
リリー:(ビールの詮2つを玩びながら微笑む)
違うよ。そんなことじゃないんだよ。
寅: へええ〜。

(カメラ: 寅の背後からリリーを正面に)
寅:(湯呑みを口に持っていく)
リリー:(寅を見つめながら、尋ねるかのように、ゆっくり話す)
私と寅さんは… 夫婦か? …って訊くの。
寅: !(突然の問い掛けに、少しドギマギしつつ、湯呑みを置く)
(震え気味のトーンで)それで… おまえ、なんていったの?
リリー: まだ式は挙げていないよ、って。そう答えた。
(ハニカミながら、またビールの詮を玩ぶ)
寅: そういうものの言い方は、誤解を招くんじゃないかなぁ。
(知りたるも後の祭り。やるせないトーンで愚痴の音が出る)
も〜ぉ。
リリー:(寅の表情を確かめると、寅に見られない方へ顔を向け、
そっとハニカミ笑みを浮かべる)
【後略】