東活ピンク映画はすばらしいpart2 [無断転載禁止]©2ch.net
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>>144
明石家さんまが師匠んとこ飛び出して上京してパン屋で住み込みしてたようなもんですね。
(ほんとうに東活と関係無い話ですんません)
いやいや、貴重なエピソードですよ。
民族派の活動家だった故・阿倍勉氏が出演した東活作品(監督は野上正義!)
もあるみたいですし、大人の事情で東活を「日本映画のブラックホール」
にするにはもったいないですよね。 萩原芳樹は関西の放送作家ではそこそこのポジションやな 数年ぶりに上京するのでピンク映画館に行こうと思いました。
ネット検索したら出て来ませんでした。
映画館の名前は忘れてしまったのですが、
飯田橋ギンレイホールの隣に有ったエロ映画館です。
閉館してしまったのでしょうか? >>148
くらら劇場は2016年5月31日に閉館となったようだ。
都内のピンク映画館は、上野オークラとシネロマン池袋のみか? いろいろと役に立つ副業情報ドットコム
少しでも多くの方の役に立ちたいです
グーグル検索⇒『金持ちになりたい 鎌野介メソッド』
HDHEO >>154 (子会社じゃ)ないです。関連会社でも無い。 小林悟時代の1970年代はアップ多用のハードさが売りで、
小林悟が大蔵に移った1980年代〜終結までは、むしろ映画寄りのピンクに
なっていったという事なのかな。。。 「東活」の母体は松竹。社長は八木脩という男で、超ワンマン経営。
そしてこの男と松竹の関係が全てを物語っている。
八木は、戦前から映画記者をしていたがマトモな記者ではなく、
スキャンダルをネタに映画会社の中枢に入り込む、いわば映画ゴロというか総会屋。
「毎日ジャーナル」という業界紙を発行し、ゆすりまがいもしていたそうだ。
作品やその資料の管理は松竹の本社内で行われており、試写も松竹の社屋で行われた。
松竹は、渥美清主演『男はつらいよ』シリーズで勢いを取り戻すが他のヒットが続かず、
上映館が確保できないという悩みがあった。寅さんシリーズはヒットしたが、年2回の
製作なのでどうしても空白ができる。その空白の間が閑古鳥では映画館も経営が成り立たない。
なので寅さんシリーズ上映館確保もままならず、足りないという悩みがあったそうだ。
そこで再び登場するのが八木。寅さんのつなぎとして「低予算である程度の集客が計算できるもの」
という条件に最もはまるのがピンク映画だった。ということで、つなぎにピンク映画の製作を提案し、
松竹とは別な名前のレーベルを立ち上げ、八木が自ら社長になる。それが東活の誕生だった。 アップ多用というよりアップ普通だったw
食事や職場の雑談シーンですら(そんなのロングでいいのに)アップw
たとえば女優の顔や胸を強調するようなアップというより、
撮っちゃいけない何かを隠すようなアップw とても簡単な在宅ワーク儲かる方法
暇な人は見てみるといいかもしれません
いいことありますよーに『金持ちになる方法 羽山のサユレイザ』とはなんですかね
ZY2 東活作品の再見ははっきり言って絶望的だけど、
小林悟作品はまだまだ観られる作品があるので、
是非とも観てくれ!
そして、作品のスゴさに震えてくれ。
ほんとにスゴイから。
カメラを止めるな、とかああいうのが好きな人なんか
腰抜かすと思うよw レーザーディスクやビデオで何本も出てるから手に入れてDVDに焼けばいい 東活というとどうして小林悟の印象が強いけど、新田栄や稲尾実も監督作品がある。 小林監督の映画を見た後は犯罪を犯したくなっていたな
ぴんぴんになってました 東活の若手だった模様の藤原康輔は今どうしてるんでしょうか。。。 >>171
誰かの別名だったんじゃないの?
そもそも、「東活だけでしか仕事してない監督」なんか存在しなかったでしょ。 藤原は東活のプロパーだったと思う 消息不明
のだめの監督ももともと助監督だったかな
ところで小林監督の彼女の店に行ったことある人いるかな 東中野の タイトルだけ変えて昔の映画を新作として公開していた >>173
某食べログにも登録されていてレビューが載ってますね。。。>リズ
傑作タイトル『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』の監督だったんですよね>藤原
だもんで印象に残っておりまして。。。 >>172 >>173
現在もピンクで大活躍のなかみつせいじが「ある意味(東活の現場は)お祭りだった」と
PGのインタビューで答えておりまして、それが強く印象に残ってまして。。。 東中野の小林監督ゆかりの店に行ってみたい
いろんなエピソードを聞いてみたいね 東活じゃないけど、1980年代から小林悟が大蔵で量産してたゲイポルノ(薔薇族映画)は
迷作・珍作が多いので是非とも観て欲しい。
新倉直人名義で撮った『アポロMYLOVE』は中年のボンボンの青春映画って感じがして
結構好きw 結構ちゃんとしたアクションというか擬斗もあったりするw ゲイポルノは、男同士の絡みがあれば何でもありで、
普通のピンクより内容に縛りが少なく、自分の撮りたい映画が作れるから好きだ・・・
っていうようなことを佐藤寿保が言ってたな。
1990年頃だったかな。 >>179
小林悟の場合は大蔵映画で撮ってたから結構縛りはあっただろうと思います。
ただ、やりたい事はピンクよりやり易いみたいで、反戦ゲイポルノなんて撮ってたりするw
(小林悟は新東宝出身で石井輝男の後輩なんだけど結構ガチの反戦サヨク監督)
『君に捧げし命なりせば』とか。特攻隊の話なのにBGMがシンセサイザーw 小林監督がよくつかっていた章文栄って
東映ポルノの女優ですよね?
大河ドラマでも犯されていたりとかなり息が長いね
東映ポルノの大部屋さんは東活に流れていたのかな?
池玲子や茜ゆうこは東映ポルノと共に消えた記憶がある もう還暦過ぎと思うけどなあ
小林監督の作品数もすごいが、この人の出演数もすごい
男なら椙山・久須美並にでているな >>183
久須美欽一もしばらく病気になったようだけど、今もピンク映画に出ています。 アフレコで「大きいだろ?」ってよく言っていたが
自信があったのか >>186 保管するとお金がかかるから、かな。
それでも数本は残ってるようですが。 上野特選劇場で座ってるといつの間にかしゃぶられてるよな? >>188
まああそこは。。。
でも映画鑑賞目的で行った強者もいるようで頭が下がります。。。 ガミさんが変名で監督で某民族派の有名な人が主演、日野繭子さんがヒロインのやつは残ってるみたいね。 誰かWikipediaくらい書いてあげて。同名の九州の映画館しかないなんて、あんまりだ。 小林悟シンセサイザーはたしかにそういえばそうですな
クラシックも犯す場面でよくかかっていた
それが映像に緊張感を高めていた
大蔵の小川監督は倦怠的なブルースだった気がする 「東活」は当時ポルノ映画を盛んに作っていたのが東映と日活だから「東活」という名前にした。
と、何かの本で見たことがあるが、真偽は不明。
戦前の東活映画社云々は違うと思う。 主な上映館
浅草日本館
上野セントラル
ヤエス松竹
池袋松竹名画座
新宿国際名画座
成増国際劇場
横浜光音座 >>194
オーナーが戦前の「東活」の名前が気に入っていて、(無関係だけど)東活にした、と、
小林悟がピンク映画のミニコミ誌『PG』のインタビューで答えておりますw 大阪の主な東活上映館 70年代
東梅田のオークラ地下 千日前の大劇シネマ
京橋シネマ 鶴橋松竹 天六映劇
九条東洋劇場 大劇シネマ
京都八千代館
いずれも日本ドリーム観光経営。元松竹系。だからか >>199
かなり昔にミニコミ誌が東活の特集してて、GHQとも渡り合ったという大物総会屋の
オーナーのことに関する記事のほか、たった一人で実務担当してた(松竹から出向してた)
元社員さんのインタビューも載ってたようです。肝腎の誌名を失念してしまいましたが。。。
ま、社史もいいんだけど、個人的には70年代の小林悟の主観映像作品が観たいですw
主観作品は大蔵や他社では一切やってないんですよね。 ◇◆◇ 創価学会の「総体革命」◇◆◇
創価学会は、「総体革命」と称する権力への浸透工作を組織的に進めている。この工作
は第二代会長・戸田城聖が発案し、第三代会長・池田大作が継承、現在まで続いている。
ある時「一番とりにくい所はどこですか」と部下に聞かれた戸田は、こう答えたという。
「官庁だな。それには、優秀な人を抜擢して、先輩が自分より出世させ、出世した者が
また後輩を引き立ててゆくしかないな。(中略)将来、二万の青年が各官庁や会社の重
要ポストを占めるようになれば、その仲間同士でなんでもできる」(『水滸会記録』)
この指針に基づき、創価学会は中央省庁や自治体、法曹界、警察、マスコミなど、あら
ゆる所に学会員を送り込み、自分たちが有利になるように工作してきた。彼らは、その
財力・政治力と各所に浸透した学会員の影響力で、社会を意のままにしようとしている。
※ 創価学会は、公権力の私物化、乗っ取りを企てる危険なカルト、反社会集団である。 ネットで初めて2分弱の映像を観た
門前の狭い画角や料理店のテーブルの見下ろし画角、オフィス机の低い画角
。
もし全体が何かを隠すような狭い画ならば、面白そう。全編観てみたいと思った >>206
ツイッターで「東活」や「小林悟」で検索すると出てくるかと。
異様に天井の低い部屋で雑談してるようなシュールな感じw
あと冒頭の手描きの即製看板w 東活の小林悟作品の脚本、監督の母校・早稲田の演劇博物館で多くが読めるみたいだね。
東活や松竹がするとは考えにくいので、監督が生前に寄贈したものかな?
コロナが落ち着いたら読みに行ってみようかな。。。 早稲田の演博の検索見てみたがスゴイ。
東活に限らず小林悟が関わった作品の脚本がズラズラ出てきてクラクラするw
新東宝作品や謎の台湾映画の脚本もあるけど、やはりピンクとゲイポルノのホンが圧倒的。
検索結果が大学というより某DMMみたいになってるw >>210
成人指定だから、xvideoとかにしかアップ出来ないだろうけど、
アダルトとしての価値は低いから、無いだろうなぁ
1960年代中期までなら、怪談映画も成人指定でそもそも厳し過ぎたから、
その辺までならYouTubeでも行けるだろうけど、東活は無理だな DVDじゃペイできないだろうし、出来て、fanzaの成人映画配信とかかな。 東活時代、小林悟と組んで脚本を量産していた池田正一。
のちに官能小説家に転業して高竜也というペンネームでフランス書院を中心に多作。
そんな高竜也の原作を吉浜さかりという方が劇画化した
「圭子27歳・犯され天使」(フランス書院コミック文庫)。
官能小説では珍しい女囚モノで、まあ、明らかに某さそりのパクもとい流れを汲んでる
けど、なんというか作りが小林悟風w 古本屋で見つけたら是非ご一読を。 >>216
催眠療法の診療所はどー見ても一般民家。
中華料理屋の場面でテーブルの俯瞰アップなのは、他の客がまったくいないのを誤魔化す為。
ガヤのざわめきは、もちろん、スタジオで足した効果音。
もしかしたら、知り合いの店からテーブルや食器や調味料など一式を借りてきて、出前を取って、監督の自宅か何かで撮影したのかも。
会社の場面でアップばかりなのも、事務机以外のセットがまったくないのを誤魔化す為。
倉庫の隅に机だけ並べて撮影したんだろう。
もしかしたら、事務机ですらなく、会議用テーブルを机に見立ててるのかも。
役者が座ってる椅子も、まったく映っていないんで、実は単なるパイプ椅子である可能性もある。 前にも書いた記憶があるけど、自分は、明らかに貸会議室なのにそこを高校の教室だと言い張って撮影された「女教師モノ」の東活映画を見た記憶がある。
会議用の長テーブルとパイプ椅子とキャスター付きホワイトボードしかなく、しかも部屋の広さも十二畳程度で、窓もない。
それでも高校の教室なんだという強引な設定になっていた。
生徒は7〜8人しかおらず、教師は‘ヒロイン’の年増女だけ。
校舎の裏だという事になっていたのは、どー見てもそこいらの工場か何かの裏口だった。 映画ごっこなのかなんなのか…
制作費は八木社長が松竹からふんだくってるはずなのに
このチープ感。 >>200
>>203
トラッシュ・アップの「映画と総会屋 社長一代で消えた東活秘史」だと思う >>217
中華屋で先輩からご馳走されたマーボ豆腐、グラタン皿に盛ってある気がw
助監督お手製の「消え物」かも。 >>219
ピンク映画とはいえ、70分の作品を小林悟監督一人で週三本量産!
もはや粗製乱造上等というか粗製乱造普通の生産体制ですよこれは。。。w
俺だったら確実にテンパるw
ただ、監督料や脚本料、ギャラは渋らなかったようなので評判は悪くなかった
とも聞いております。 >>220
ありがとう。
凄いタイトルだね。
それよりアイドルメインの雑誌だったので驚いた。なぜ東活をw 一人で週三本ではなく月三本ではないですかね
週三本なら撮影一日・編集や音入れ一日・宣伝や試写をしてたら一本に三日、
これは不可能でしょ。 >>224
そうでした。週三本じゃなくて月三本だったw
それでもやっぱりこれはスゴイ。尋常じゃないです。 >>219
昔の映画雑誌で、「ピンク映画は製作費300万だけど東活だけは200万」という証言があった。
八木社長が一作品づつ100万抜いてたのかも。
若松プロなんかもっとひどくて、キャストはヒロイン以外はノーギャラ、スタッフも撮影の伊東英男の他はノーギャラ。
実質製作費は100万くらいだったとか。 若松プロも、後期作品の定番ヒロインだった島明海は実は若松の愛人で、
若松プロの社員で、普段は経理担当だったというから、ノーギャラだったんだろう。 ウィキペディア出来てたのね。作ってくれた人に感謝。間違いあったら直し、書き足すよ。。 >「東活」の由来は先んじてポルノ映画を配給していた東映と日活を意識したことによる
このスレだったか、戦前の同名の映画会社が由来だと読んだ記憶があるが
どっちが正しいんだろうか >>230
このスレ的には>>194、>>196のようにのどっちの例も出てる。
元東活社員、小林悟だったりどちらも近い関係者の証言だから間違いはないんだろう。 「TRASH-UP」の記事の概略
○東活の社長の名前は八木脩(または八木正孝)
○八木氏は戦前映画記者としてゴシップを掴んではそれを餌に映画業界に食い込んでいた。
○終戦直後「毎日ジャーナル」という高額業界紙を発刊。
○一方、松竹は1960年代に業績が急激に悪化。興収は常に最下位。契約館も減少。
○松竹はお家騒動も多く、業績の悪化もあって株主総会では常に株主はゴネまくるも、会社側の対応もグダグダで常に長引いていた。
○そこで、八木氏が登場。八木氏は青春映画2作を松竹でプロデュースして関係を築く…
○八木氏プロデュースの作品上映以降の株主総会は何故か平常化。
○1974年松竹に対する株式買い占め事件が勃発。城戸会長の命を受けた奥山融氏が対処。
○この前後に、八木氏は本格的に東活ニューポルノをスタートさせる。
○松竹に対する株式買い占め事件、終息。奥山氏は後に社長にまで上り詰める…
あと、八木氏は映画館を数館経営していた。
府中新映座
成増国際劇場
国分寺国際劇場
などがそうで、名義は日本映画産業(?だったかな)。
多分同社は毎日ジャーナル社・東活と同一組織。つまり東活は多摩地区に直営館を持っていたことになる。
東活の八木社長って、脚本もチェックし、試写会も松竹本社の試写室にて立ち会っている。
映画タイトルや、男優の顔がほとんど写らない主観画像も八木社長の入れ知恵とか。
指責めや股間アップはどうかわからないけど。 件のトラッシュアップによると映画フィルムは松竹にあるとの記述。ほんとうだったら、公開してほしい。 観たいなあ
このスレで知った断片だけでもある意味凄かった 東活の映画を70年代はよく見ていたのだが、
「痴漢ぬれぬれ」という作品をみておらずもやもやする
東活には触れることがほぼないキネマ旬報にこの作品が
観客の動員が多かったことをわざわざ記していたので気になる
制作はたしかゴールドプロ 配給東活 20年前に古本屋で買った昭和30年代のキネマ旬報を、大掃除で探している中、
40年代のを見つけたんだが、ロマンポルノは載っていてもピンク自体が載ってないな
平成のはエクセスになったからか、セクシー系の記事すらなかった https://video.twimg.com/ext_tw_video/1265890865253249027/pu/vid/640x480/g8hAhewuF_jCeLSp.mp4
もしかするとこのスレッドをご覧になっていらしゃるのが、新たな動画が2年ぶりにアップされた。有り難い。
フルで見たいのはやまやまですが、せめて未見の東活のオープニングを拝見したいのは私だけでしょうか。 今55歳のオレだが、大学生の頃横浜日の出町の光音座で東活映画観たよ。
あの頃は他にも大蔵とかミリオンの映画が掛かってたな。
東活は最初の会社のマークが桜をバックにして出て来た事を覚えてる。
内容は良く覚えて無いけど、どっから見ても安酒場のホステスとしか見えない頭の悪そうな姉ちゃんが、元生徒会長と云う役柄で出て来て「イヤッ!、止めてッ!!」なんて言って先生に犯されてた。
唖然としたのは、3本立だったんだけど、3作共女優、男優ほぼ同じ。
当時はAVなんかも一般的じゃ無くて、未だ若かったから、兎に角スケベに接したいという思いで、全部観たけど、さすがに呆れたわ。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています