昭和の暗部・狂気を描いた映画
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>>74
安藤昇は「宣伝費さえ無い映画で話題作りの為にわざと捕まった」と言ってたw >鴛鴦歌合戦
昭和でなく江戸時代
暗部・狂気でなく呑気節
おしどりと読めないわ >>82
>おしどりと読めないわ
それはどうでもいいww 実録・連合赤軍あさま山荘への道程は、観るべきだな。 >>86
あさま山荘に立て籠もるまでは抜群に面白い もっと予算つけてちゃんとした役者を揃えて
まともな衣装で撮らせてやりたかったね >>88
若松は、スポンサーが付いて予算が豊潤にあるとフヌケになってしまう。
「エロチックな関係!」が良い例だ。 >>88
役者に関していえば、文句なしだったけどな。
特に永田洋子役の女優さんなんて、良く最後まで演じきったもんだと感心する。 >>89
確かにw
>>91
とにかく安っぽかったし
あの時代の若い子の雰囲気が全然出せてない役者ばかりだったし 連合赤軍の映画は、役者がみんな小奇麗なのが一番ダメだったな。
男まで眉毛を整えていてさ。 髪の毛サラサラなのも変だったね
当時の日本人は週に2〜3回しかシャンプーしなかったし
ましてや山にこもってる最中にサラサラはないわ 若松監督は実際のメンバー達とも交流があったんだから、
俳優達に身だしなみのアドバイスをすればよかったのにと思う。
身だしなみにとらわれ過ぎていると言って女性メンバーを殺した永田洋子を演じた女優まで
妙にピンとした服を着ていて眉を整えて薄化粧までしていたのには驚いた。 ゴジラ対ヘドラ
生理的嫌悪感を示す昭和のサイケデリックさ。 連合赤軍は、名のしれてない役者を起用して、大体、事実を淡々と追いかけた作りがいいと思った。
今のわけのわからん派手な演出、大げさな感情表現丸出しの映画より、はるかにいいと思った。 >>96
一見どうでもいいようなことだが
意外と重要なポイントなのにね あの映画は赤軍を意図的に美化してるプロパガンダ映画だからな 「光の雨」の方が再現度に関しては良かったな。
裕木奈江がもっさい髪型していたし。
昔は今ほどヘアカットの技術が良くなかったから、毛先を梳いたりはしなかったよね。 >>60 >>62
ウィ木や各種資料にある「新東宝の経営破たん後にテレビ放映権がテレビ局に大量に売却された」
ってのを同時代で体験したわけですね。。。 >>56
>ダウンアップ
>ダウンアップ
>ワンツースリーフォー
↓
アップダウンクイズ
の語源になった? >>102が「実録・連合赤軍」を実際に見ていないのは間違いないが、
やたらと言い掛かりを付けたがる馬鹿というのは何でいつも同じパターンなんだろう。
女子高生コンクリート詰め殺害事件を描いた映画のときも、そうだった。
馬鹿がいつも同じパターンで、見てもいない映画について、「批判すべき事柄を美化して描いているに違いない」と思い込む心理というのは、
精神分析学の研究材料になりそうだ。 精神分析より社会心理学の実験に向いてるかもしれない 美化する目的で作られたとしても
役者がアレレだったので全然美化されてないw >>111
「実録・連合赤軍」の若松監督は、自分のプロダクションでボランティアをやってくれていた女子学生が連赤に殺されて恨み骨髄なんだから、
美化して描くするわけがない。
実際、坂井真紀が演じたその女子学生がリンチを受ける場面は中盤のクライマックスになっていて、涙なくしては見られない。
腫れ上がってモンスターのようになった彼女の顔を撮ったカットのことを、荒井晴彦は、
「四谷怪談のお岩さんの場合と同じ撮り方だ」と批判していたが、‘悲劇のヒロイン’として描いているからそういう撮り方になったわけだ。
あの映画の場合、見てもいない馬鹿が「美化しているはずだ」と思い込むのは、
まず前提として「左翼やリベラル派はみんなひとつに固まっているはずだ」という思い込みが背景にあるからでしょ。
しかし、そんなこと言ったら、大島渚の「日本の夜と霧」は日本共産党擁護映画でなくてはならないはずだし、
増村保作の「偽大学生」は全学連擁護映画でなくてはならなくなる。
馬鹿は、自分が右翼のつもりでいて、
「右翼は右翼でひとつに固まっていて自分もその一人として迎え入れられているはずだ」と信じたいからこそ、
「左翼もひとつにまとまって団結しているはずだ」と、無意識のうちに自分に言い聞かせてるんだよ。
また、そういうふうに世の中が単純に二極分化されていなくて各人がそれぞれ個性的な考え方を持っているだとしたら、
何の考え方もない自分の‘社会の中での立ち位置’がわからなくなるんで、アイデンティティが崩壊してしまう。
いや、崩壊も何も、馬鹿は最初から何のアイデンティティも持っていないからこそ馬鹿なんだけど、馬鹿ゆえにそれを自覚もできていない。 >>112
>若松監督は、自分のプロダクションでボランティアをやってくれていた女子学生が連赤に殺されて恨み骨髄なんだから、
>美化して描くするわけがない。
>実際、坂井真紀が演じたその女子学生がリンチを受ける場面は中盤のクライマックスになっていて、涙なくしては見られない。
>
>腫れ上がってモンスターのようになった彼女の顔を撮ったカットのことを、荒井晴彦は、
>「四谷怪談のお岩さんの場合と同じ撮り方だ」と批判していたが、‘悲劇のヒロイン’として描いているからそういう撮り方になった
ここ何度読み返しても矛盾してると思うんだw
坂井のシーンは予算の問題だろうけど迫力不足
別に涙云々なんて思わなかったわよ >>115
文末に「w」と付けてるということは面白くて笑ってしまったということだろうし、
俺があんたを楽しませることができたのなら、それはそれでウレシイが、しかし、何がどう矛盾してるとおもったのかさっぱりワカラン。 >>116
いちいち気の利いたことを書いてるつもりなんだろうけど
ことごとく滑ってるよ 十九歳の地図は今の2ちゃんねらーより
よほど健全で明るいと思うけどな・・・ しかしやで、十九歳の地図が暗かったら同時代前後の
サード・帰らざる日々・さらば愛しき大地・祭りの準備・純・泥の河・正午なりとか
全部暗いで 祭りの準備は重喜劇だろ。
そんな重喜劇な田舎社会が嫌で主人公が高知出て行くわけで。
中島丈博と西原理恵子読んでると、高知がスゴイ所になってしまうなあ。
アンパンマンのやなせたかしも高知だね。 祭りの準備は高知と言っても西の果ての中村というところがミソやな 東映のトルコ渡り鳥もある種昭和の闇を扱ってるな、って全国のトルコを回るだけの映画なんだけどw 最近、松形弘樹が仁義なき戦いを語っていた、監督は役者連中を連れまわし
酒盛りさせてとにかく寝かしてくれない「寝かしてくれ!」というと
「戦後のヒロポンヤクザがお前らみたいな(ふつうの)目してるわけがない。」
で寝不足、二日酔い、疲労困憊(栄養が足りてない事を表現したかったらしい)
で芝居をして、酒が抜けない宍戸錠が、ウィスキーグラスを壁に投げつけるシーンで
そのままグラスを握りつぶしてしまい、手が血まみれになった。監督は大喜びで
「ハイ!オッケー!ハイ!救急車!」と叫んだという。
マンガみたいな時代でしたとは松形の弁 >>140
小栗旬が、三池の「クローズゼロ」に出演した時も、そんな感じだったらしい。
別のTVドラマ仕事と掛け持ちで、そっちの方のスケジュールが1週間くらい続いて、
すっかり健康的生活に戻ってしまってから三池組に帰ったら、
三池から「困るよ、そんなふうに爽やかな顔してたら。前のカットとつながらないじゃないか」と言われたとか。
で、小栗はその日から毎晩必ず深酒して、わざと二日酔いで現場に行くようにしたとか。
しかし、深作の方が強引で、やはり深作の方が三池よりもスケールの大きさを感じさせるな。 徳岡 宏一朗
昨日 10:18 · 編集済み ·
『安倍首相が集団的自衛権の行使を「町内会の戸締りの協力」に例える。違うでしょ!』
支持率低下に焦った安倍首相は、自民党のネット番組に昨日出演し、集団的自衛権の行使について、町内会の戸締りも協力してやれば安全だ、と例えました。
では、同じ町内会を例にした私のたとえをご覧ください。
『僕の町では、各家庭が自分の家を守るのだといって、みんな武器をそろえている。
空き巣が来たらどうするんだ、やはり短銃がいる。 強盗が来たらどうするんだ、やはり、機関銃がいる、 といって、どの家庭も家計が苦しいのに、いっぱい武器を持っている。
外敵が侵入してきたときに、自衛するのは各家庭の基本的な権利の自衛権だ、 ということで、昔からどの家庭にも武器があるんだね。
こういう武器ってあるだけで物騒で、それぞれの家庭の中でもしょっちゅう使われてるみたい。
家族で揉め事があると、結局、武器が使われてたくさんの家族が死んでしまう。 近所同士での揉め事でも、すぐに死人が出てしまう。
どの家でも武器を持たないようにすれば、お互いに安心して暮らせるのに。
そういえば、我が家は家訓で、武器を一切持たないって決めている。 昔、他の家に乗り込んで行って、乗っ取りをしようとしたり、 家族の人を散々殺したりしたものだから、反省してそう決めたんだね。 』 >>145
昭和の暗部が平成にも生きていたwwww 徳岡 宏一朗
5月7日 · 編集済み ·
ここに過去に犯した犯罪行為が問題とされ、裁判所まで来ちゃった非行少年Aがいるとします。
私が審判廷でこのA少年に、本当に反省しているかと聞くと
「心から反省しています」
と答えます。
そこで、私が少年に、では被害者の方にお詫びしなさい、というと、
「それはしません」
というのです。たじろいだ私がなぜお詫びできないの?と尋ねると、その少年は悪びれずにこう言いました。
「だって、反省してるんだから、お詫びまでしなくていいでしょう?」
もう、お手上げ!少年行き決定!!
あのな、被害者に謝れないのなら、それは全く反省してないってことなの!裁判官や被害者がどう思うか考えろ!
そう叱ると、少年が
「これまで親父やお袋が何度もお詫びしてきたんだから、オレはもう良くね?!」
というので、私も言いました。
「俺が弁護しなくても、もう良くね?!」
どんな知日派、親日派にもそう言われちゃうっつうの。
「狂った果実」
裕ちゃんの方じゃないぞ。
でも意外とファンが多い。 >>149
いま50くらいの人たちの青春らしいね。
話を聞くと、原宿はオレたちの街、新宿は先住民族(大人、ヤクザ)の街で怖いところというイメージ。 >>149
大島渚の「愛と希望の町」とまったく同じテーマを描いてる。
いまでいう‘格差問題’だな。
しかし、「狂った果実」の方が、切実だし、救いがない。
底辺の者が、富裕層の者に、喧嘩でも簡単に負けてしまうという展開が衝撃的だった。
それまでのフツーの映画だと、
「貧しくとも純粋な若者が、豊かさでは負けても腕っ節では勝つ」
「生意気な金持ちお坊ちゃんを懲らしめる」
というのが当たり前だったのに。
「狂った果実」では、
富裕層の者は、金があるだけでなくて喧嘩にも強いしセックスにも馴れてる。
底辺の主人公の方は、金もなく度胸もなく、何もかもない。
何とも救いがないが、しかしリアリティがある。
比較すると、「愛と希望の町」が実は富裕層の者によって作られた映画だというのもわかる。 「聖獣学園」なんかもそうなんだろうな。
戦争にも触れてるし。 >>150
ちょっと待ってよ
1世代間違ってるわ
これだからゆとりはもうw 狂った果実は1956年の映画(原作も)
今50くらいの人は1965年頃の生まれ
世代が全然違う
151は読んでないので154は知らん >>150
>話を聞くと、原宿はオレたちの街、新宿は先住民族(大人、ヤクザ)の街で怖いところというイメージ
歴史に無知で、想像力に乏しくて、土地勘のない田舎者という三重苦 >>158
そのひとつ前の世代は、新宿をオレたちの街、浅草を怖いところ、と思っていたらしいね >>150
35年前の映画だから、この映画と同じ青春を送った人はいま55前後だね。
>>159
新宿がオレたちの街、という世代は団塊かそのちょっと前だろうね。学生運動をやっていた連中。
誰だったか忘れたけど、戦前生まれの俳優さんが「浅草は怖いところじゃありませんよ。新宿の方がよっぽど怖い」と言っていたのを思い出した。 >>159は何歳なの?わざと頓珍漢装って煽ってるの?ww >>158で汚い呪詛を吐いている、 ID:0TZJRmONは何者なのだろう? >>162
気が利いた書き込みしたつもりのところ悪いけど
こんな爺板で無知を晒すバカが許せない年寄りだよ >>150
年代が違うな
石原裕次郎は今60過ぎの爺さん世代だろ
勘違い思い込み もうあきらめなさいよ
今の五十代のアイドルってチェッカーズとか聖子ちゃんとかそんな感じよ?
わからないならわからないで黙ってりゃいいのに >>167
四十代後半から50代前半な
上に兄弟がいるかいないかとか
親の音楽の趣味なんかも大きく影響するね
でも日活の裕次郎が青春なのは1940年代生まれ前後の世代だよ で、何度も言うけど、ここで話題に上ってるのは
裕ちゃんの映画じゃなくてアリスの曲をモチーフに
した1981年の映画な。 当時「狂った果実」みたいな駄曲を映画にするって何事ぞ?と思ったよ
アリスなら他にもいい曲、売れている曲があるのに >>170
日活はその前に、同じアリスの「帰らざる日々」の映画化もあった。
レコード会社と何曲かまとめてパックで契約したのかも。
その又さらにちょっと前に、かぐや姫の「赤ちょうちん」「妹」の連続映画化もあった。
プロデューサーがフォークソング好きだったのか。
他の会社だと、松竹が「帰ってきたヨッパライ」、東宝が「神田川」「戦争を知らない子供たち」を映画化したが、
いずれも単発企画だった。
日活の場合は、フォークソング的な‘苦労して頑張る若者’に寄り添う企画の流れがある。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています