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テレビも出てたが、当時、裕次郎が石原プロの活動を立ち上げて日活作品にあまり出なくなったのと、
吉永小百合が早稲田に入学して学業を優先し「戦争と人間」シリーズ以外のプログラムピクチャーから
降りたことで、客の入らない宍戸錠と二谷英明主演作に変り、高橋英樹との2枚看板で主演作が増えた
のが主な原因。70年頃にはもう日活の経営も逼迫していて、2週間毎に2本立て公開するだけの力が
無く、1〜2回置きにやはり斜陽の大映と組んでダイニチ映配として夏純子の「女子学園」と八並映子
の「高校生番長」なんかを2本立てで公開していた。