『まあだだよ』〜後期・晩年黒澤全般スレ
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黒澤後期の作品は大体スレたってるので、ここで遺作のスレを立てたい。
これだけでは話もたないかもしれないので、80、90年代の後期から晩年にいたる
黒澤の特質、変化、エピソードみたいなの、あと彼の手で撮られなかった「雨あがる」
「海は見ていた」とかの話なども。
(作品自体の話は作品スレがある場合はそちらで) 最後の作品『まあだだよ』の興行成績はどうだったんでしょうかね? 馬鹿ですか?
山本洋はいまも現役バリバリ、第一線のプロデューサー。
他の人は、たまたまその時期に社命で映画部門を担当させられていただけ。
プロデューサーという名が付く人ならみんな、何か凄い責任と権限を持った存在なんだと思ってる?
映画制作について何も分かってないし、会社組織というもの自体がどんなものなのかも分かっていない。
20代はアシスタント・プロデューサー、そのあと系列出版社の営業マン、そのあと映画の宣伝マン、そのあと系列出版社で編集長なんて人もいる。
どんな映画でも、製作部の末端の人たちなんか社命で配置させられただけなんだから、責任をとらされるわけがない。
「まあだだよ」の場合は特に、そもそもが徳間康快の趣味で引き受けた企画なんだから、大映社員に責任があろうはずもない。
それに大赤字でもない。
第一、徳間康快は6.7年前に死んでるんで安泰も何もない。
死んでしまったんで、「まあただよ」同様に彼の趣味で立ち上げられた筒井康隆脚本「大魔神」の企画は頓挫してしまった。 それから、「プロダクションコーディネイター」というのは、プロデューサーじゃないよ。
昔の日本映画でいうところの「製作事務」「製作進行」。
単なる事務処理屋さん。
製作スケジュールの調整、ロケ地撮影許可の折衝、小道具借り受けの窓口などなどの役目。
現場にはノー・タッチ。ほとんど現場に行かない人も多い。
こんなのは10代の映画ファンでも知ってること。
(そういう人でも、映画によっては「プロデューサー」とクレジットされることも多い。
プロデューサーの肩書きなんて、その程度のもの) 黒澤監督のファンが集まっている所でなんだけど、私はカラーになってからの
黒澤作品てダメだと思う。かつての、その時代にカメラを持っていって撮った
かのようなリアリズムがなくなって「乱」の合戦シーンなんてきれいな芝生の
上での戦いだったし、「夢」に至ってはなんでこんな気持ちの悪い映画作った
のかとクビをかしげた。「8月・・・」は見に行く気にもならなかった。黒澤
監督を尊敬しているだけに、晩年の作品は残念だった。 >>215
じゃ、白黒時代の作品だけ見てればいいんじゃないの?
さようなら。
>>215は娯楽映画が好きな人なんだよ。
白黒の黒澤が好きとか書いてるけど
「どん底」とか「白痴」は嫌いなタイプ。
そういう人が「どですかでん」を面白がれるわけないじゃん。 >>215じゃないが、そういうのを妄想というんじゃないかね。
>>215は、「どん底」とか「白痴」が嫌いとは一言も言っていない。
「どですかでん」も既に見ているかもしれない。
「同じシェイクスピアの映画化でも『蜘蛛巣城』は大好きだが『乱』は退屈だった」という人は沢山いる。
俺自身は圧倒的に「乱」が好きだけどね。 だよな。決め付けて批判したり糾弾したりするのはよくない。
黒澤映画は素晴らしいけれど、偏屈なファンが多すぎて、
それが黒澤の名を貶めているのに気づいて欲しい。
黒澤に入れ込んでる、惚れているってのはいいんだけれどね。 そうだな。
攻撃的で狭量な奴が多いな。
小津スレも批判は認めない奴いるけど、
黒沢スレのは攻撃的で狭量だ。 >>219
>>221
>>222
あのー、ホストが同じなんですけど、、、、 >あのー、ホストが同じなんですけど、、、、
お前にみるわけないだろ 「乱」意外と面白かった。ピーターが意外な大役だった。 「乱」意外と面白かった。星一徹が意外な大役だった。 >>220 まったくおっしゃる通りです。黒澤作品を批判すれば叩かれることは承知
の上でしたが、貴方や>>221 >>222のような方がおられて安心しました。
>>217のように「気に入らなきゃ見なきゃいい」と言ってしまったら映画評なんて
できませんもんね。 晩年の作品なら『夢』と『まあだだよ』が好きだな…。
>私はカラーになってからの
黒澤作品てダメだと思う。かつての、その時代にカメラを持っていって撮った
かのようなリアリズムがなくなって
だって、あなたのいう「リアリズム」からは離れようとして
撮った作品だからね。
カラー以前と同じような作品作ろうとしてるのに
それがうまくいってないからダメという批判ならわかる。
元々ねらいが違うのに、俺はこんなの嫌いと
言われても困るよ。
小津映画見に行ってアクションシーンがないから
ダメというのと同じだよ。
小津映画は嫌いだという「感想」ならわかるけど。
「乱」も「夢」も「八月」も大好きなんですけどね。
私は。
>「夢」に至ってはなんでこんな気持ちの悪い映画作った
のかとクビをかしげた。
幸福感に包まれて映画館を出られて幸せでした。 カラーではそうらしいね。
それで要らないエピソードがあるから切った方がいいって。
>>231
>要らないエピソード
イーグルが.... いやなんでもない 『まあだだよ』での松村さんのビールの飲みっぷりの良さ。
これだけが印象に残ってる。 まあだだよは、内田百聞に託して、黒澤が親友の本多猪四郎とともに山本嘉次郎門下生の頃の思いでやふいんきを描写したと聞いたことがある
いい話やね 黒澤はカラーになってからのほうがいいと思うんだけど
俺って少数派みたいだ
白黒時代は臭みが激しいと思うんだけどなぁ どですかでんってもっと評価されてもいいと思うけどな
「どですかでん」見ようと思ったけど30分いかないうちに
猛烈な眠気に襲われて見れなかった。
どこが面白いんだ? >>240
年を取ればわかるようになるよ
負けてしまった人々へのオマージュなんだけどね
後半特に印象的なセリフや場面がいっぱい
「枯れてしまえば何の木でもないんだわ」とか
「君ぃ、プールが出来たよ」等
負けることの痛みを思い知った後で見たら泣けるよ >>241
シンダンジンは俺だ。
早く死んで楽になりたい。
>>241
これ撮り終わってから手首切ったんだよな?
黒澤はひとことでゆーとナイーブだと思う
小津の強靭さと対照的で最初受ける印象と正反対なんだな 乱は映画館で観て印象に残った初めての映画
荒野で彷徨う仲代とピーターの姿には
幼少時ながらどの怪獣映画にも勝る衝撃を受けた
黒澤さんは真に偉大な監督 >>18
「乱」
カンヌ国際映画祭が1980年代の映画ベスト1に選出 「姿三四郎」観た
こ、これは恥ずかしい
現代人が見たらとても見れたもんじゃない
この映画を褒めてある批評もよく見かけるけど、それは一般人の見解から遊離してると思うぞ
なにからなにまで臭い
まぁだだよと姿三四郎比べたら圧倒的にまあだだよのほうがいいと思うんだが、批評を比べたら姿のほうを見るだろうな
これってフェアじゃないだろ?
>>53
今更で,さっきCATVでみて,このスレ見つけたんだけど,松村さん,本当に苦しそう
あの歌だって必死でびっくり。
そりゃあ老け込むだろうて 「弁士をやっていて若いときに自殺した自分の兄貴に黒澤明自身が近づいた」
と翻訳してみまスタ まあだだよはいいと思うんだけどな
どこか異様な感じで面白く観れた こっちで良いのでしょうか…
先日『影武者』を観たんですが、藤原釜足さんは何処に出てきた教えて下さい。
志村喬さんは直ぐに判ったんですが… Wikiって自己解決(>.<)y-~
お騒がせしましたorz 今、深夜放送で「まあだだよ」を見ている。
14年前に試写会で見た時、お年寄りが多くて至る場面で笑い声が起こって、映画が終ると拍手が鳴ったのを思い出した。
世代とか時代が重ならないと、どうしようもなく伝わらない面白さはあるんだろうね。 小林亜星(僧侶役)の
「心配すんな、まだ俺の出番じゃない。」
とか、かな。 世代は関係ないんじゃないかな
当時学生だったけど引き込まれて観たな
夢が好きな親父は観てられなくて途中で退席したらしいけど >世代は関係ないんじゃないかな
そうだね。
かなり年配らしい京都の美術館の浣腸が酷評してたから。 そういえば佐藤勝も確か酷評していたね。
>>258
百けん 先生がユーモラスな講釈をたれる度に、爺さん達が座っている席から笑いが起こっていた気がする。
あと、ビアホールで「おいっちに♪」の即興の かえ唄シーンも大笑いだった。
自分も「チィーチィーパッパァー、チィーパッパァー♪」で思わず笑ったけど。 >>144
宮沢りえが出る黒澤映画は観たいなあ
晩年は老人ばかり撮ってただけに >>257
試写会とか映画館は観たい人が観に行っているんだから、
そこから一般的な世代論を言うのは愚の骨頂。 この映画を劇場公開されたとき(20代)見たけど
ノラのエピソードで号泣し(爆笑)、
「庭の柳の木も、もうこんなに大きくなった」の
ナレーションで何故か感動した。
「お月様が出ましたよ」
「♪出た出た月がー」
四季の移り変わりのシーンも
とても素敵な映画なのにね。
モーッアルトの晩年の作品「クラリネット五重奏曲」の様な澄み切った美しさの
ある稀有な映画。
素晴らしい遺作だと思う。 「デルス・ウザーラ」は単独スレ無いのかな?
白痴の失敗を反省して腕を上げた後で取り直した傑作だと思うんだけど
デルスは黒澤明論を語る上で非常に秀逸なテキストだと思うんだけど
単独作品としてみると
黒澤がよく言う「映画になってる(なってない)」という表現を借りれば
映画になってない気がするんだよね。
>>265さんも「白痴」との関係性で語ってるように。
今後年取ってくるとまた印象が変わってくるかもしれんけど。 デルスは好きな作品だな
ただ訴えるものが弱い気もする
>>215
あなたの好きな白黒の黒澤作品を飽きるまで堪能して、
もっと他にも観たい衝動に駆られてから
カラーに進出されたらいいと思います。 >>264
ハゲどう どうどうどう
「クラリネット五重奏曲」・・・うん、いいことおっしゃいます 「まあだだよ」は、
内田百間・命のウチの親父が観て
「くだらん・・・」と吐き捨ててた。 「クラリネット五重奏曲」を良い曲だからといって
人にすすめても
「フーン?」でしょうね。
「クラリネット五重奏曲」を名曲だと思えなくとも
生きていくのには困りませんから別にいいのですよ。
かくいう私も「クラリネット五重奏曲」を最初は
「つまらん」と思った人でしたから。 戦後にしては、猫ちゃん(ノラ?)が太り過ぎじゃない?
去勢したからかなと思ったら、立派なタマタマが付いていたし。 >>272
特にきれいでもなかったけど、写真を見れば狙いは明らか。
ttp://www.pbs.org/wnet/gperf/shows/kurosawa/multimedia/images/film7_01.jpg
荒れ野で戦わせたいなら他の場所を選ぶか、この場所を荒らしたでしょうな。
他のシーンの撮影規模を見ればそのくらい大ごとでも何でもない事が分かるはず。 芝生が綺麗だっていうのはバリーリンドンの影響じゃね? 「内田百閧知る者にとっては、この映画は失望させるだけであったことは、
作品そのものが、黒澤的世界の象徴である「先生と弟子」のパターンで
描かれているからにほかならない。」 >黒澤的世界の象徴である「先生と弟子」のパターン
あの映画は今までの黒澤の「先生と弟子」のパターンからは
逸脱してる作品なんですけど。 >>285
パソコン機能で出るよ
閧ニか?とか關とか。 ↑例を三つ出したが、二つ目が?に化けた。
機種依存文字とでもいうのかな。
先生が弟子に愚痴をこぼしたり
泣き言いうわ、最後には礼までいう。
勘兵衛が勝四郎に礼をいうシーンなんて
想像できるか? ただ、内田ファンからしてみると、
ちょっと黒澤的バイアスがかかってる。
飄々としたところがかなり消えてるから。
>>284の言っていることは正しいが。 >ただ、内田ファンからしてみると
「まあだだよ」の公開時のインタビューで
製作の動機を語ってるけど
自分の孫に聞いてみて
最近の先生と生徒の関係に疑問を持った。
勉強を教わるのはもちろんだが、先生の人格そのものから
教わる部分が非常に大事だ・・・
みたいなことを最初にあげてる。
黒澤は別に内田百閧フ伝記映画や文学世界を描こうとしたわけではない。
内田と弟子の関係に仮託して、自分の考える理想の先生と弟子の関係を
描こうとした映画だよこれは。
公開時のコピー
「ここには今は忘れられてしまった大切なものがある」
というのは端的にこの映画を現してる。
黒澤的バイアスというより、黒澤が自分が言いたい事を伝えるために
作った映画だから。
関係ないけど内田は「君が代」が好きだったらしいが
映画には出てこない。
私は黒澤が嫌いだから出さなかったと思ってるんだが
これも黒澤バイアスかw
「七人の侍」で勘兵衛は勝四郎を子供というが
「まあだだよ」では弟子たちが先生を子供だという。
全く逆になってるのが面白い。 百間と合ったことのある人達からの評価はどうだったのかな?
まぁ黒澤さんは実物に捉われず自由に描いただろうけど。 偏屈、変人、ガキ、わがままってところ。ユーモアはあった。 >>292
実物の人物評じゃなくて、
実際に百間と合ったことのある人達からの「まあだだよ」の評価
を知りたい。 「何これ?どこが百間?」ってのが多かったな。
俺もあれなら完全なオリジナルとして作った方が良かっただろうと思う。 >「何これ?どこが百間?」ってのが多かったな。
いやだから、そいつらは本は読んでても
本人と面識があるわけじゃないからw
自分の作り上げたイメージと違うというだけ。
ちなみに野上照代は本人に会った事あるよ。 >>296
> いやだから、そいつらは本は読んでても
> 本人と面識があるわけじゃないからw
妄想乙 >>291の疑問はよく分かる。
なにしろ内田原作は、一人称の随筆なので、「先生」の視点で書かれている。
しかし「まあだだよ」は、常に生徒から見た先生像が描かれている。
出来上がったものの印象が違うのは、違って当り前である。
それだけに「まあだ会」に集まった生徒達の、
飾らない意見は聞いてみたい気もする。 メイキングの松村達雄へのダメだしシーン見たけど
アレはもうSMだね。ホモSMw 松村達雄はあれで頭にきて
降板させてくれと。
この年になって人まで怒鳴られるのは辛いから
二人だけでリハーサルやるという条件にして
引き受けたんだよな。 ビートたけしの表現だと、こういうことになってる
松村「もうやめたい」
黒澤「バカなこと言っちゃいかんよ、ワハハ」 あの四季のシーンが何とも言えず好きだ。
雪の日の香川京子のポーズがカワエエ。
1シーンのためにあれだけの労力が注ぎ込まれているのは
日本映画では珍しいと思う。この映画ではあそこが一番好きな箇所。 そうだね。あそこはいいね。
宴会シーンなければいい映画。 「まあだだよ」の戦後の廃虚のシーンは凄い。
当時を知ってる人じゃないと描けないと思う。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています