名優 平田昭彦
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
ドラマのほうに一応スレあるんだが、
http://bubble2.2ch.net/test/read.cgi/natsudora/1022933068/l50
イマひとつ盛り上がりにかける。
こっちでも、宝田明や久我美子あたりとならべてスレ立てたほうが
いいのかな・・・(どっちも立っちゃってるが)
でも出来れば盛り上げていきたい。 >>41
「寅次郎と殿様」ですね。手切れ金(?)を渡すちょっとイヤミな役でした。
ほんのちょっとの出演。 80年代ぐらいから二枚目俳優の需要が無くなってきて残念だったね。
まぁ時代劇では出る機会はあったかもしれないが、悪役とかw 平田さんの場合は、ちょうど年をとっていい味が出てきて
ゴジラのリヴァイヴァルの関連で注目度もあがり
仕事が増えてきたところでガンになって、惜しかった。
若いうちに終わる人と、年がいってからよくなる人と居るわけですが
平田さんは絶対に後者だったので
ありえた老年期の俳優人生を想像すると、残念きわまりなしです。 でもくしゃくしゃのじさまになった平田さんを見るのはちょっと複雑かも…。 あのさ、老人萌えの人もいるんだよね世間には、それも若い頃
ハンサム系だった老人が好きな人が・・・。 お兄さんの今の姿を見てきっとこんな感じだろうなと想像するのもまたよし でも小野田監督とでは若いときから顔はだんぜん弟の方がいいもんね。
そういえば小野田監督の「人食い海女」がまた観たい。平田さんが大蔵新東宝にゲストで出た
唯一の作品でしょ。
確か刑事でしたね。あと殿山泰司も刑事でね。 >>40
「柳生武芸帖」での戸上の殺陣は主役の三船敏郎より上で迫力が
あるよね。 戸上はいいね。稲垣監督のお気に入り。そして平田夫妻の仲人も稲垣。 戸上氏は大映の時代劇に出てる人ですか?
こないだ衛星劇場で阪妻主演「決闘高田馬場」マキノと共同監督
で稲垣ヒロシがやってるのを見たけど果し合いの場に走る阪妻
が速い速い、そして斬り合いのシーンもう最高だよ!
往年の雄呂血を思い出した、稲垣さいこーです!
平田さんと稲垣監督ってあんまり繋がりが判らないけど。 遺作が「さよならジュピター」とは。とほほ。それもブラックホールに吸い込まれて
死ぬ役とは。なかった事にしよう。 「男対男」
での関西訛りのスケベな殺し屋役が
印象に残っておま。 80年代初頭リバイバルブームもたけなわな頃
ぴったしカンカンのゲストでなんとゴジラが
スタジオの奥からブワーッと煙を吐いて登場した事があって
その時ゴジラを見つめる平田さんのこぼれそうな笑顔が
いまだに印象的だなぁ。
これが最後の共演だったんだろうね・・・
>>51
稲垣巨匠は田中友幸プロデューサーの関係もあったのかもしれんが
平田さんがお気に入りだったんですよね。
宮本武蔵 続宮本武蔵一乗寺決闘 旅路
柳生武芸帳 女体は哀しく 或る剣豪の生涯 日本誕生
大阪城物語 忠臣蔵 士魂魔道大龍巻 がらくた 暴れ豪右衛門
佐々木小次郎 風林火山
なんかおちてるかもしれんが、こんだけでもう14本出ている。 はぁ、一歩間違ってたらバロン平田は時代劇俳優になっていたのか。
自分は現代劇がいけると思うんだけど・・・ゴジラで芹沢博士やって
て良かったよ、強烈なイメージだったからね。 ゴジラファイナルウォーズを見た。宝田明や水野久美、佐原健二も元気に
出ていたし、轟天号の艦長ドン・ライスもよかったが、菊川怜やTOKIOの
松岡、ケイン・コスギなんかよりも、やはり芹沢博士こと平田明彦に最後を飾って
ほしかった。
オキシジェン・デストロイヤーとともに海中でゴジラを葬り去るシーンが
強烈に頭に焼き付いているし、ゴジラシリーズに欠かせない役者だったと思う。
>>58
東宝は時代劇よりも現代劇だからね、東宝で時代劇俳優なんて有り得ないよ。
でも平田さんはチョンマゲがもの凄く似合う俳優だったな。
「さらばラバウル」のセンチメンタルな平田さん(当時26歳)萌え。 寅さんでアラカンの息子役ででてたな
ちなみに孫は遠藤某の息子 >>62
むしろ、「先生」とつけたい。
「博士」も悪くないが、なんか乗り物博士とかのマイナスイメージもあるから、
「先生」というのがいいだろう。
科学者、弁護士、代議士、どれも「先生」でOKだし、
平田先生は良く似合う。 「刑事コロンボ・攻撃命令」では犯人役の吹き替えを担当。 >>63
「先生」ももちろん良いけど、軍人さんのとき困るよ〜。 バロンと呼びたい、なにせ奥さんの実家が元男爵家でそ。
戦前のオリンピックの馬術で金取った西中将だっけ?
あの人、外国人からも尊敬されていてバロン西と呼ばれてた。 >>64
映画「市民ケーン」の台詞が
キーワードになってる話だったね。
↑若い人?西中将と平田さんがカブルんだよね。
ダンディでプレイボーイで毛並みが良くておしゃれなところが。
ちなみに西中将は第二次大戦で戦死されました、南方だったと思う。
平田さんも陸軍士官学校卒だし。 >>67
念のためですが、奥さんは華族の久我家ご出身です。
>>67>>71
1980年読売テレビ
愛した翔んだそして散った! オリンピック ゴールド・メダリスト 西中尉その愛と戦い
出演 市川染五郎、大谷直子、鈴木瑞穂、池波志乃、平田昭彦
見たんだけど何の役だったか思い出せない。誰か覚えてますか。
>>74
市川染五郎(松本幸四郎)が「よお〜し!」って同僚と殴り合うシーンは
再放送で見たことあるんですけどね・・・平田さんはおぼえてないです >>67
久我(こが)家は侯爵ですぞ。
勝手に爵位を下げちゃいけません。 >>76
久我は、村上源氏の嫡流で、五摂家に次ぐ清華家だから、文句なしの侯爵家だな。
世が世であれば、平田先生と結婚なんてありえなかったかもしれん。
考えようによれば、日本が戦争にまけたおかげだな。
日本がたわけた戦争をしなければ、軍人として出世して男爵ぐらいになれたかもしれんが、
そのころには、いい年だから、間に合わんな。 あ、そうでつか、男爵は勘違いでした、侯爵ね。
じゃあバロンとは呼べませぬwスマソ
みんな華族のことに詳しいんですね、まぁ身分違いでも
ヨロシイじゃござんせんか、平田さんが猛烈に口説いた
んだから。
>74そのドラマ見たかもしれないが記憶にないw
平田さんも出てたんですか、うかつでした。 戦後民主主義の世の中で旧華族なんて軽蔑の対象でしかなかっただろ
当人にとっては恥だよ恥でしかない
最近そういう感性が失われてまた日本は衰亡に向かっているのかもしれん
行かず後家の変な喋り方するお姫様崩れを娶るとは
さすがに蛮勇があるな平田氏は お姫様崩れって言い方はないでしょう。
そういう家に生まれたのは久我さんの意志には関係ないし。
名家には名家なりの苦労があるそうですので。
映画界入りはどんな事情だったのか知らないけど入江たか子という
先輩もいましたからね。 八十八レス突破です、米寿まで生きててほしかったすな。 米寿どころか還暦さえ…。 。・゜・(/Д`)・゜・。
漏れにとっては青春ドラマの教頭先生が印象的
文字通り平田先生だわな。
校長先生が十朱久雄とか・・・なつかすぃ 教頭先生というとピーマン白書の岸田森の方を思い出してしまう・・・
去年、深夜枠で『赤い衝撃』やってた時、飛行機の機長役で平田さんがゲスト出演。
思わず興奮してしまいますた。 オレの親爺と酷似しているので見ていてつらい。
そんな親爺も去年で70、オレはその半分の歳。
親爺、孫の顔を見せられなくてスマン… エ?顔が似てるの?
すごいね役者顔の父親がいるなんて。
まー待てば海路の日和あり、だよ。 故・池波正太郎先生は、平田さんの醸し出す気品とか「当時の
大名はこういう雰囲気だったんだろうな」と感じて
鬼平犯科帳で、鬼平の上役の大名役に直に指名してた。 鬼平の部下だけど、佐嶋忠介のことかな? それならたしかにぴったり。 100記念
経歴は陸軍仕官学校から東大であってるの?
そもそも官僚になれたのに俳優の方向って勇気あるね。 出どころ不明の曖昧情報だけれど、東大出た後三菱商事に勤めていたころ、
山口淑子女史に東宝入りを勧められたと記憶しています(詳しい人乞支援)。
なるほど、刑事役などでは、リアルに(旧)自治省出向のキャリア管理職に見えるはずです。 陸軍幼年学校→陸軍士官学校→旧制第一高等学校→東大法学部政治学科
→三菱商事(ただし財閥解体で三菱商事も当時は何十社かに分割されていて
三菱商事という会社も正確にはなかった。平田氏の入ったのは旧三菱商事系の
いちばん由緒正しい東京なんとかという会社)
→俳優
東大法学部のあと官僚にならなかったのは、軍人のあと役人になるのも気が進まなかった
国家に仕えるのに疲れたからとのこと。
結局、俳優になったので、いちこう東大というキャリアは自分には不要であり
仲間たちが戦後にみんな人生をやりなおすため苦労しているとき
自分がいちこう東大でひとつの座席を奪ってその分、誰かひとり入れなくなったやつがいたというのは
思い出すとつらいことだ、仲間の中には戦後やり直せなくて挫折していった人間がたくさんいたんだと、
朝のワイドショーで本当に悲しそうに語っていたのが忘れられない。
それには衝撃を受けたな。そうか、そういうふうに感じて、十字架を背負って生きているのかと。
司会の鈴木治彦も、東大から俳優というのは面白いですね、というくらい軽いフリで入っていったのに
平田さんがあんまり深刻で悲しそうになっちゃったから、フォローできなくなってた。
そのときは三菱商事時代の平田氏の同僚なども出演していた。 >>102
ワイドショーでそんな事を、一寸がっかりだな
「日本の一番長い日」のパンフに載ってる一言がすごい。
終戦の日、何を考えましたか?
「徹底抗戦!」
>>103
立派すぎる人だと思うが、どうしてがっかりなんだ?
東大卒を誇るエリート臭プンプンの人であってもらいたかったってこと? >>102
>結局、俳優になったので、いちこう東大というキャリアは自分には不要であり
>仲間たちが戦後にみんな人生をやりなおすため苦労しているとき
>自分がいちこう東大でひとつの座席を奪ってその分、誰かひとり入れなくなったやつがいたというのは
>思い出すとつらいことだ、仲間の中には戦後やり直せなくて挫折していった人間がたくさんいたんだと、
>朝のワイドショーで本当に悲しそうに語っていたのが忘れられない。
裏口で入ったわけじゃなかったら、いいんじゃないか?
結果として役立たなかったというだけで、
将来を考えるために学校へ行くと言う選択は、当然許容範囲だろう。
それに、一高とはいえ、
一人合格を辞退したから、一人が補欠で合格するとか、
学校というのは一人合格したからといって、一人不合格になるとか、
そういう関係になりから(同じ点ならば合格させなければいかんから)、
そんなことで悩むのも、大げさだな。
どうせ悩むんなら、そういう関係により近いものがある就職で悩めよ。
東大よりは、旧三菱商事系のいちばん由緒正しい東京なんとかという
会社に入れなかった人がいる可能性が高いと思うぜ。
どっちにしても、悩むすぎだとおもうがな。長生きできんタイプだな。 昔「ピッタシかんかん」に夫婦そろってゲスト出演していた。
その時の話では
最初東宝に入った時は助監督で、久我美子のラブ・シーンの時、倒れないように彼女のお尻を下から両手で支えていた、なんて話をしていた。
ちなみに奥様は終戦の時
これで華族の娘でも、やりたいことが自由にやれる時代が来る
と思ったそうだ。 東京貿易で同期の東大出のエリート意識に辟易していた
となんかに書いてあったけど
この悩み方みるとそうでもなさそうだね
>>106
旧軍人の苦悩というものが全然分からないみたいだな。
死んでいく戦友、戦後自殺する旧軍人、戦後で直せず新時代に適応できない若者
そういうものをたくさん身近で見続けた人間の虚無やかなしみを
もうちょっと想像してみろよ。
それから陸士や海兵でたてで敗戦を迎えた人間が
戦後すぐにいちこうやとうだいに入れるか入れないか、それは戦後をエリートとしてやり直せるか
やり直せないか、人生を分けるんだよ。そのずっとあと、戦後も落ち着いてきた時代に三菱商事に入れるか入れないかは大したことじゃない。
>>110
つまり平田昭彦という人はエリートに固執した人だと
エリートというものをまともに信じた大馬鹿者か大利口者という事ですね
>>110
戦争前後の東大法学部の地位も、今よりはるかに高かったろうしね。
逆に芸能の世界の地位は低かったと思う。
「自分のかわりに入れなかった人がいた」っていうのは、具体的なイメージとしてあるんじゃなくて、
よく特攻帰りとか、戦争経験者が、「多くの同僚が死んだのに自分だけ…」
というのと近い感覚のような気もする。
逆に>>108の
>これで華族の娘でも、やりたいことが自由にやれる時代が来る
という、奥さんの言葉は楽観的で、なんかこの夫婦の性格の違いをしめしていて、面白い。
いや、やっぱこの夫婦とこのスレはすばらしい。 エリートに固執したおしてたんなら、ヤクザな映画界などに入る訳
がないですよ、毛並みの良い方にはそれなりの悩みがあるもんです。
プラスガチガチの軍人教育を受けてきた人には敗戦はキツイっす。 >>111
固執したというより、頭もよかったし、エリートコースに簡単に乗り直せる大秀才だったんだと思う。
その人が
仲間の松下康雄とかさ、みんな大蔵官僚や外務官僚になるのを横目にみながら
なんかばかばかしくなって民間企業に行く。それもばかばかしくなって
山口淑子に誘われたのをきっかけに>>113のいうように、エリートの常識からすると
問題外の映画俳優になる。そしてエリートのキャリアを「僕にはいらなかった」とまでいう。
しかし東宝は東大出の俳優として宣伝するからそこでまた困ったろう。
とにかく平田氏の人生は、ある意味、俳優として演じた役柄よりも劇的で深いな。
同じように東大法学部エリート崩れとしては天本英世がいるわけだが
あの人は中退だし、生き方からかっこうからエリート崩れを売りにしたところがあるよね。
しかし平田氏は精神としてはエリート崩れなんだが、外見やライフスタイルや
みんなきちっしてるよね。そこもなんだか面白い。 >>114
>外見やライフスタイルや
>みんなきちっしてるよね。そこもなんだか面白い。
ここんとこ同意。
なのに、キチンとしているってとこが、ね。 あの久我美子の夫をやって華族様の久我の両親も同居させて暮らしていたんだから
きちんとしすぎの人でないとつとまらない。それだけきちんとしている人は
ふつうキャリアを捨てて映画俳優にならないと思うがなっちゃうんだなあ。
徹底抗戦を叫んだ元青年将校として戦後に不適応な部分があったということかな。
それで戦後からはぐれた芹沢博士や日本人を呪うミスターkを当たり役にするんだから、この人はやっぱり深い。 >>110
>旧軍人の苦悩というものが全然分からないみたいだな。
>死んでいく戦友、戦後自殺する旧軍人、戦後で直せず新時代に適応できない若者
>そういうものをたくさん身近で見続けた人間の虚無やかなしみを
>もうちょっと想像してみろよ。
>それから陸士や海兵でたてで敗戦を迎えた人間が
>戦後すぐにいちこうやとうだいに入れるか入れないか、それは戦後をエリートとしてやり直せるか
>>112
>よく特攻帰りとか、戦争経験者が、「多くの同僚が死んだのに自分だけ…」
>というのと近い感覚のような気もする。
なるほどな。
感情論ということだな。
まあ、戦争で自分が死んだからといって、必ずしも仲間が助かったわけでも、
またその逆でもないんだが、心に十字架を負い続けるかな。
感情論といえば、戦争で死んでいった人たちのために、
平和国家を築くというのもあるんだが、
別にそんな考えで戦地へ行って死んで行ったわけでもあるまいが
(もしそうなら、もっと別な行動を採っただろうな)、
感情的にわからんでもないな。
でも大げさな気はする。
>>116
>あの久我美子の夫をやって華族様の久我の両親も同居させて暮らしていたんだから
まあ、ここまでくればやり易かったんじゃないのか? つづき。
で、こういう考えの人であれば、特攻帰りを騙る人間を許せんと思うんだが、
そうでもないところが、面白いな。
自分に厳しすぎるんじゃないだろうか。 ↑特攻帰りを騙る人間って・・・鶴田浩二とはっきり書きなよ。
他スレで聞いたが二人は仲悪くなかったことらしいけど。
あんたクールな思考だね。実際平田さんは戦友の遺体とか見てる
んだからね、空襲後の跡地もたくさん見てる。
普通日本を愛する人だったらそんなの一杯見たら人生観変わるでしょ。 二谷英明もそうだ。特攻騙り。
スレ違いはこの辺で。 >>120
「小野田」さんと「小野」さんですね(おお、「電送人間」)。
鶴田浩二さんは平田さんの葬儀で長年親交があった等々、えらく落ち込んだ感じでインタビュー受けていた記憶があります。
確か鶴田さんは特攻機を送り出すメカ担当だったらしいです。いずれにしても修羅場ですね。
平田昭彦さんも、ご存命ならば語りたいことがいっぱいあったでしょうに。 鶴田は「平田昭彦を偲ぶ会」に出て、「平田はいいやつだった」と言ってたね。
テレビのワイドショーでみた。そのときは三船もインタヴューに答えてたが
例の調子でぶつぶつ言ってて、何言ってたのか忘れてしまったな。
それから平田氏の友達といえば池部良だと思うんだけど
あれだけ本書いてるのに、平田氏のことはなんか書いてる?
あんまり見かけない気もするんだが。久我美子に遠慮してあんまり書かないようにしてるとか?
>>119
自分が特攻帰りならともかく
戦争に関してはなんちゃってレベルだから怒るもへったくれもないだろ
あのお、私と結婚してくれませんか? 駄目ですか〜?
というのがプロポーズの言葉だったらしい。 結婚の話では西村晃が面白いことテレビで言ってたなあ。
平田と久我は「大坂城物語」の御殿場ロケの帰りに小田急ロマンスカー
でいっしょになり平田は久我にモーションかけていた。
そうとは知らない西村がたまたま同じ車両に居て
平田をみつけて喜んで、一生懸命ゴルフの話をした。
平田にしては珍しくいやそうな顔をしていたが
西村はまさか天下の久我美子に平田が本気で迫ろうとしているとは思わず
むしろ平田に助け船を出したつもりで……
とかいうエピソード。 そういえば西村晃は真性の特攻兵だったんだなあ。
生死も紙一重だったと聞いた、なんかの番組で自分は
一度死んだものと思って生きてるんですとか言ってたっけ。
このへんの肝がすわった人生が演技に凄味が出るっちゅう
訳だ。今どきの軽い俳優とは比べるのも空しい。 >西村はまさか天下の久我美子に平田が本気で迫ろうとしているとは思わず
今から見ればあんまり違和感無いけど、やっぱ当時の久我美子は
トップアイドル(?)・華族出身ということで高嶺の華という感じだったのかな。 久我美子ってなんか変な女ってイメージじゃないの
最初のうちこそ華族出身ってことでお姫様扱いでだったかもしれないけど
よく見れば美女って顔じゃないし
だんだん主役級結城美栄子みたいな感じのおかしな役も増えてきて
当人もそのほうが板につくようだったんじゃないかね
テレビで半ヒスで突拍子もない事言い出す役が面白かったように思うんだけど
しかし『男たちの旅路』で夫にまったく無関心な森田健作の母親役は
怖かった
全くの無関心と底冷たい意図的な無視がいりまじったような横顔は迫力があった
あれはやはり華族出身じゃないとできない演技を超えた資質を感じた
ところで久我美子スレなくなりましたね
_、_
( ,_ノ` )
↑ このAA見たら何となく平田さんを思い出した。 「顔役暁に死す」で配下だった中谷一郎が先日逝きましたね。
監督の岡本喜八も… >>129
芝居の御姫様と、実際の御姫様は違うからな。
別に、高貴の生まれだからといって美男美女になるわけじゃないが、
芝居では、美男美女を出さないと感じが出ないわな。
あくまでも一般庶民の勝手な思い込みに合わせるということだな。 いわゆるお公家さんといっても明治維新になるまでは
大名よりかなーり貧乏で食べていくのもカツカツしてた
のは有名な話だよね。財産を切り売りしたり娘を大名に
嫁がせたりの竹の子生活続いたから、久我家も実情は
苦しかったのかも。で、はるこさんもいっちょ入江たか子
を目指すか!ってとこかも。 昔勤めていた会社の役員の一人に平田昭彦の陸士の同期だった人がいて
無くなった時、陸士の同期連中と一緒に棺を運んだって言ってた。
もっといろいろ話を聞けば良かったとすっごく後悔してる。
ちなみに私は現在平田さんの出生地のソウルに住んでいます。
生家のあった場所がわかれば是非訪ねて花でも置いていきたい。
4ヶ月で140もいってるんだからありがたい。
ぼちぼちとageていこう。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています