笠原和夫
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>>470
いやいや、野沢は一稿のみ担当だし、このさい原作のあるなしは関係ない。
日露戦争を扱った脚本って点だけで言ってる。
>>471
読んでたのかもしれないが、どうだろうね。
昭和の劇でも、小説の影響については、他作品でもあまり言及してなかったような・・・
特定の好きな小説家なんかも、挙げてなかったし。
荒井が聞かなかっただけかもしれないけど。 >>472
うんパクったとかの話じゃなくて
俺の方が膨大な量調べた上でリアルなドラマを構築してんだぜって云う
笠原さん一流の気概故の無視みたいな
本の話は繰り返し人間喜劇しか言わないもんね 『昭和の劇』は各方面に遠慮なく発言しているけれど
阿川弘之へは遠慮が感じられた。
あの変な息子の発言も好意的に引用していたし。 どうでもいいことだけど、作家「獅子文六」について言及してる。 斬ろうと思った作家と座右の書って言及の仕方じゃない?
「昭和の天皇」「実録共産党」「真珠湾」のシナリオを、一冊にまとめて出版してほしいですね やくざ映画の人と見られているから
実績の割に評価が低いように思う。 確かに橋本忍とかに比べるとね・・・
ヤクザ、任侠映画以外だと、作品のジャンルは結構、橋本と被るんだけど。
・・・時代劇、セミドキュメンタリー、軍隊・戦争、トンデモSFw >>484
つうか、笠原作品は演出や役者の方に注目が集まってしまうから。
それだけ良い脚本だということなんだけど。 「妖しの民と生まれきて」を今さらながら読んだ。
軍の上官について、「笑ゥせえるすまんの笑い顔のようだった」とか、
千葉泰樹監督の家にいきなりシナリオを見せに行ったのを
「電波少年的突撃を試みた」とか表現してたのにワロタ。
晩年の笠原さん、そんなものも知っていたのね。
25まで童貞だったのも意外。 まじめだったんでしょ。
「浮雲」的世界を目の当たりにしただろうし。 池部良なんて26歳のときで相手は中国人だったとエッセイに 今日は東映チャンネルで日本暗殺秘録やるぜ
遂に観れるバンザイ やくざのしきたりとかは凄く勉強してたな
遺された膨大な書物や文献ノートなんかはどうなったんだろ >>493
>遺された膨大な書物や文献ノートなんかはどうなったんだろ
NHK教育で放送された仁義なき戦い特集ではまだ奥さんが持ってたよ。
娘さんがいるらしいから適当に何とかするでしょ?
>やくざのしきたりとかは凄く勉強してたな
任侠映画はフィクションとしつつ、一応は全て調べてやってるんだよね。「博徒」を
撮った小沢茂弘もその辺のリアリズムには自信があったらしい。東映には俊藤さんが
居たことも大きいだろうけど。
映画における考証とは何か? を考えさせられるよ。 俊藤さんとは、「仁義なき戦い」で訣別してから
やくざ映画で二度と交わる事は無かった。
笠原さんのやくざ観が、俊藤さんの任侠の世界の範疇を越えてしまったんだろう。
この別れは、俊藤さんに痛かったと思う。
「仁義なき戦い」を否定したその後の俊藤作品は、衰退してしまった。
別れの厳しさを物語っているエピソードだと思う。 俊藤氏も、功罪合半ばって言葉がぴったりの人だな。
仁侠映画の隆盛と、自分の娘のゴリ押しとはいえ、
お竜さんというスーパーヒロインを誕生させた功績は大きい。
でも、「昭和の劇」での笠原さんの言い分を聞く分には、
関東緋桜一家の、「高倉健もヤクザにしろ」の一件や、
文太を、広島死闘篇に出演させないよう圧力かけたりと、
ワガママで嫌なオヤジだなと。 まあ、プロデューサーってのはそういう仕事でもあるけどね。
有能であれば、必ず現場の誰かからは恨まれる。
笠原さんはプロ意識の高いひとだし、世知にも長けた人だから、感情とは別に
理解はしてたと思うけどね。
正解は一つでないのが世の中だから。 >>494
俊藤は考証なんてやってないよ。
東映が養っているやくざがいて、その人たちに教えて貰っていたらしい。 >>498
だから俊藤さんが必ずしも直接に考証をやったわけではないにせよ、ああいう
ヤクザとカタギの境界で生きていたような人だけに任侠社会の風習などの
描き方にはうるさかったろう、ということ。
>東映が養っているやくざがいて、その人たちに教えて貰っていたらしい。
任侠映画時代はそういう人が賭場の場面の指導をしたり、自らエキストラ
として出ていたのは有名だね。 風習の忠実性よりも、カッコ良く撮ることに拘っていたみたいだけどね。 笠原さんが「やくざ映画の笠原」と言われるのが嫌で
晩年はやくざ映画を避けたというのも
分かるようで分かり難い話だと思います。
やくざ映画には膨大な監督、脚本家、俳優等が関わっていたけれど、
このような事を言った人はいないし、ベテランの脚本家にしては
ナイーヴ過ぎる発言のように思います。 >>500-ID:EbneB9In
どんな人間の断面を切り取っても「カッコ良い」部分や「カッコ悪い」部分がありますよね?
だってヤクザになりたかった人だもん俊藤さん
笠原さんみたいに突き放した立ち位置で観てないでしょ >>501
ホメ言葉でもレッテルを貼られるのを嫌う役者はたくさんいたし
特に昔のヒット作のイメージで語られるのは、たいていの有名俳優は
代表作がある喜びと同時に複雑な心境を抱いてるでしょう。
監督や脚本家でもそういう人はいたと思うし。 何も語らず死んでいったけど
女優とやりまくり
白坂なんてもんじゃない >>506
うらやましいのはわかるが、こんなとこでぐだぐだ言っても仕方ないぞ。
まあ、ここはぐだぐだ言うところだけどw ようやく日本侠客伝のDVDがレンタルされるようになりましたなage もし笠原のオッサン存命してて サマーウォーズ 観たら
理解出来ただろうか? エンタクシーという雑誌に
「昭和の天皇」の脚本が掲載されているらしいよ。
この雑誌は前に「共産党」や「日本暗殺秘録」の脚本も
別冊付録で出していた。 今回のレンタル化で、初めて日本侠客伝・関東篇を観たけど、
健さんって、この頃はこんなヤンチャなキャラだったのか・・・
まるで後年の、傷だらけの天使やマカロニ刑事を
やってたころのショーケンのようだった。
こういうキャラの方が、笠原さんは得意なんじゃないか。 >>523
そのキャラはマキノさんの意向が強く入っていて、
笠原さんは背景の描き込みの方に独自性を出していたんじゃないかな。
マキノさん離れると、固くて暗いの多いからね。 ttp://otaking-ex.jp/wp/?p=11013
>西崎さんの友達の邦画で有名な人が脚本を書いたことになる。
これ笠原のことかな? 笠原は、西崎から次々に人が離れて言った後に舛田が連れてきた感じだし、違うと思う。
ヤマトの脚本家といえば藤川桂介と山本英明だろう。
前者は有名だが邦画の人じゃないし、後者は邦画の人だが有名じゃないけど。 舛田さんが総監督で、笠原さんが脚本で辻褄あってると思うが。> 連れてきた でも笠原さんも師匠の笠原さんに同じ事されたんだろ?
全然擁護になってないがw 完結編はいつものヤマトで、あんまり笠原イズムを感じないな。
一度撤退したと思わせた敵が、負傷者収容中に騙まし討ちするあたりが笠原のアイデアかな。 昭和の劇で、SFの勉強をしようと思ったがあまり出来なかった、
みたいなことを書いてて、この人がもっとSFの仕事をやる機会があって、
いつもの取材の鬼ぶりを発揮して、SFの素養を身に付けてたら・・・って、
思わんでもないが、結局「真田幸村の謀略」みたいな話ばかりを、
書くようになっちゃったかもな。
SFの才能がない人がSFをやろうとすると、橋本忍の「幻の湖」みたいな
ものを作りがちで、笠原さんの数少ないSF作品も、ここまで酷くなくても、
そんな匂いがするし。 岡田も笠原に名前取られようと仕事引き受けてれば貴重な体験になったのに なんと いつの間にか日本暗殺秘録のDVD化が決まってたのね
笠原さんが大島渚の「太陽の墓場」を評して、ドロドロしたリアリズムを描ける人と、
高く評価していたのが意外だったんだが、今村の「豚と軍艦」はどう思ってたんだろう。
これも笠原さん好みだと思うし、何気に後年の仁義シリーズに影響を与えてるような
気がするんだが。
どんどんスピーディに話が転がっていって、ヤーさんのシリアスな抗争劇なのに、
どこか一点だけ間が抜けていて、ブラックな笑いになっていたり、
野心あふれる若いチンピラが、のし上がろうとしてゴミのように死んでいったりとか。 笠原さんは今村さんのような徘徊趣味は好きではないだろう。
大島の作品の登場人物のように一本筋が通った人間の話が好きなのでは。 共産党だけじゃなく書いたけど作品にならなかった脚本いっぱいあんのね
ギャラの取りっぱぐれは一つもないと回想してるから問題ないか
角川の天と地とか眉村卓のロボットとか書くだけ書いたんんだろうに勿体ない
元寇も書いたんなら読みたいなあ
この人、50過ぎてからは、小説家で食ってけばよかったのに。
一本書く時には、綿密な取材と、膨大な資料にあたる人なんだから、
未映画化の脚本に、どれだけの情報量が込められてたかと思うと、
実にもったいない。
脚本一本につき、小説一冊分は軽く書けるぐらいのネタを仕込んでたと
思うんだよな。
(脚本に直接書いてない、取材のメモ書きや、構想ノートの中身なども含む)
ひょっとしたら、第二の池田一朗→隆慶一郎になれたかもしれんのに。 昭和の劇を読むと、向こうからどんどん二匹目のドジョウな
企画を持ってきたって言ってるけどね。
日露戦争は当たったけど、太平洋戦争は負け戦だから
盛り上がらないって反対したとも。 坂井三郎が水木しげるに「戦記ものは勝たなきゃダメなんです」とアドバイスしたというアレだね。
伊藤俊也の『プライド』を「普段から投げていないのにいきなりマウンドに立って豪速球を投げようとしても投げることができない」と評していたね。
それはそれで当たっていると思うんだが、この人も『仁義なき戦い』で息切れしてそのまま終わってしまった観がある。
80年代の東映作品の看板脚本家といえば高田宏治だろうな。
次は神波史男かな。
この人の戦争ものは実録時代の作品と比べると綺麗事すぎる。
広島死闘篇みたいな終わりかたの戦争ものがあったらおもしろかっただろうに。
いまは『仁義なき戦い』の「神話」と内幕暴露のエッセイで過大評価されている時期じゃないかな? 「80年代の東映作品の看板脚本家」などと言ってしまった時点で、
付け焼刃の知識だけで武装してるのがバレるのを覚悟しないと。
東映には、80年代に既に、「看板」なんてものはなくなっていた。 544じゃないけれど、宮尾登美子の文芸シリーズは、
80年代の東映の看板だったぞ。
ビーバップシリーズや極妻シリーズもあった。 自分が好きなものだけが「看板」の資格あり!という映画評論界の海原雄山なんじゃないの? 笠原さんは時代劇が得意ではないみたいだから
小説家は難しいかも知れませんよ。
やくざ小説は、読者層が狭いし
面白い作品を作るのは難しいように感じます。
池田さん、池上さん、星川さん等
大衆小説家に転進した人は、時代物で成功している。
飯星原作を笠原さんが映画にして大ヒット
後に県警対組織暴力vs悪魔のキューピーみたいな話を飯星が書いた
悔しかったんだろうな 飯星さんは原作があるから、
笠原さんより儲かってるでしょ。
印税入ったもの。 「真田幸村の謀略」と「2/26」は自分で小説化してるな。
確かに「真田幸村…」は読んだけどあんまり大したことなかった。 「真田幸村の謀略」っておもしろいかな?(映画のほうね)
どうして「柳生一族の陰謀」の次に「赤穂城断絶」がこないのか不思議。
切腹の場面で血が流れることなく浪士が段々いなくなっていくのは笠原的な冷酷さだと思うんだが。
笠原は任侠引きずってるから色々と限界があったのかもね。 >>553
清海入道が女で佐助が火の玉エイリアンって面白アイディアが笠原さんで手伝っただけ
3作ともラストが時に権力者たちの肝胆を寒しからめたで終わるのも一緒だし
飛びぬけて出来が悪い訳でもないが謀略の後なのでより弾けてる
太秦縮小で映画村オープンJACで時代劇復興ム―ブに一番沿ってたし客も入った
悪かったのは赤穂城 >>553
> 笠原は任侠引きずってるから色々と限界があったのかもね。
どちらかというと、嫌々とまではいかなくても、
東映のお仕事としてやってたんではないかい?
マキノ調の人情任侠は。その後の作風考えると。
末期の「女渡世人 おたの申します」なんて、
任侠ものの枠組みを壊して、ちゃぶ台ひっくり返したような作品だし。
岩田豊雄の「海軍」を死ぬまで側に置いていたような人でしょ。 実録に移行したあとでも、笠原には痩せ我慢任侠みたいなものを感じるよ。
高田宏治に賭けで負けて貧すれば鈍すといわれて怒り、無理してアシを詰めたという話を高田宏治が書いてるが
「人間飯を食って生きるより、死ぬことの方がずっとたやすい」
という「赤穂城断絶」の台詞は笠原なら出てこないと思う。
登場人物を殺してロマンを全うさせるというか。 痩せ我慢は好きなんでしょ。軍隊好きなんだから。
人情ものは体質に合ってないんじゃないかと。 軍隊が好きだといっても笠原は本当にマネゴト、オママゴトしかしてないよ。
ポツダム少尉だった阿川弘之のさらに下。
美能幸三と意気投合したなんて言ってるが、どこまで本当やら。 昭和の劇とか読むと、結構、二律背反な感じがあるな。
海軍に入ったことを誇りに思ってるが、実際に戦地にいかないで戦争が終わったことを
コンプレックスに感じてるところもある。
でも深作ら、下の世代に対して「俺は軍隊経験あるから、お前らにはわからん世界を知ってるし、
戦争が終わった時に、お前らにはわからん気分があったんだ」
って、ひけらかしたい気持ちも明らかにある。
坂井三郎や水木しげるあたりにしてみれば、
「入り口で引き返せて、戦地の現実を体験しなくて幸福だったね坊や」
ってな感じだろうけど。 >>561
深作の世代からしたら、「あんた戦地に行ってないし」で終わりなんだろうけど。 深作も水戸で学徒動員していた頃、
艦砲射撃でバラバラになった友人の死体集めたことを、
「バトル・ロワイヤル」の時に話してますねえ。
死ぬ間際に上手い題材を得たもんですなあ。
自分の体験と完全にパラレルだし。
笠原さんはそういう僥倖はなかったね、残念ながら。
「昭和の劇」があってまだよかったか。 大竹海兵団で、城山三郎と同期だったみたいだな。
昭和2年生まれだと、戦争に行っていない人のほうが
多いんじゃないかな。
日活の西河監督は、過酷な戦場体験をしているようですよ。 山中正治の自殺の話とか、三国連太郎なんかか読んだらどう思ったかな?
鼻で笑ったかもしれないね。
戦争では死ぬ死なない言う間もなく死が訪れるからな。 西河さんのは映画修行の方しか読んでないが、
憧れだった小津とシンガポールで会った話や
吉村公三郎に金の無心しに行った話はすごくおもしろかった
その本、そういったエピソードがより詳しくのってそうだね
今度みてみるよ 新藤兼人も愛憎どころか、軍隊には憎しみしかない。
30過ぎて徴兵されたんで、ハタチ前の小僧の「上官」に、ことあるごとに
ブン殴られたのを、ずっと根に持ってるって書いてた。
笠原さんも海兵団時代に、何度もブン殴られたことはあるだろうけど、
自分で望んで入隊したのと、まだ自分が新入りでしかないって分かってたから、
プライドもそれほど傷つかなかったのかな。
殴られた相手もほとんどみんな年上だったろうし。 >>567
いや、映画の話は皆無。
>>566のURLのページに書いてあるけど、
映画の話は映画修行の方に載せたので、
残った戦争の話も本にした。 笠原さんの弟子?だった高田純さんが
お亡くなりになられたようです。 ずっと水木しげる引き合いに笠原さんdisってる奴居るな
馬鹿かお前?
>>571
”水木しげる”でスレ検索してみたが、3回しか出ておらず、
うち1回は明らかに誰かをdisる内容ではない。
たった2回で”(しかも同一人物だという確証もない)
”ずっと”って考えるあんたが神経過敏。神経過敏は馬鹿よりウザい。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています