「最後の帰郷」 1945 田中重雄・吉村廉
呪われるべき特攻映画。
 戦時中に既に特攻を描いた映画があること自体が私にとっては衝撃だったが、この映画の特攻隊員の非常に明るい雰囲気と、
出発する彼らを日の丸の旗を振って送り出す子供達を見ていると、本当に60年前の狂気を感じる。
この映画は昭和20年7月に公開され短命に終わったが、もし原爆がなく
11月のアメリカの本土上陸まで時間があれば、日本人はもっと多くのこういった、「死を正面から賛美し、肯定する」映画を
記憶していたに違いない。
事実ハーイはいくつかの製作されたか製作中だった特攻映画をあげている。

日本の戦前の戦意高揚映画は厭戦的だという見方は、この映画を見ているとなんの意味もないことがはっきりする。
60年前の時点で日本人は戦争には死がつきもであることが常識だったので、
こういう死を前提とした映画が、戦争を推し進める為にごく自然にできてきたようだ。
 
そして戦争最終盤の戦意高揚とはまさに観客に息子の死を覚悟させることであり、
映画を見た観客が、死ぬ直前まで笑顔で平静であり、
そして淡々と死んで行く事が当たり前だと思わせることが必要だったのだな、と理解できた。
 映画が悲しげでありながらまるで神仏にすがるような表情で特攻隊を見送る母親を見せつけることで、
やがて国民全員の死を意味する本土決戦を可能にする、恐ろしい戦争プロパガンダであったことがわかる。

 平和主義者や戦争を外交の一部だというリアリストには、戦前の国策映画は全てが呪われるべき映画であり、
見る価値はないだろう。しかし、もし怖いもの見たさで見るのならば、その見せかけの厭戦気分や中途半端な景気づけで
「陸軍」や「ハワイマレー沖海戦」を見るより、
この本当に国民の命を海の藻屑にして平気な映画を見る事の方が為になるのではないだろうか?