「祖父は命終の瞬間、さぞ、びっくり仰天したことであろう。私は、それを思うた
びに、落涙しつつ、つい笑ってしまうのである。
なんという滑稽な悲惨さだ!
・・・(中略)
命終の刹那、踊躍歓喜して、その梯子に足を掛けたとたん、祖父はなんともいえな
い絶叫をあげた。忽然と梯子が消えたのである。青空も消えた。祖父は、臓腑の底からしぼり出すよ
うな長い長い悲痛な叫びをあげつつ、底知れぬ闇黒の谷底めがけて、石のように落ち
はじめたのだ。
・・・(中略)
祖父は、のども張り裂けんばかりの叫びをあげながら、必死になにかにつかまろう
と、両手をくるくるふりまわしつつ、無間の闇黒の底に落ちていった。
この時の祖父の気持を思うと、いまはもうすでに成仏してしまっている祖父なのだ
が、私は、その刹那の悲惨な念だけは、いまもなお、闇黒の谷底めがけて落ちつつあ
るような気がしてならないのである。」
(『人は輪廻転生するか』275〜277頁)