こんにちは〜。
イエス様には、人なるイエス様と、
神なるイエス様の2つの側面があります。

2つの側面は分離せず、人であり神である、
一人のイエス様です。
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1)人なるイエス様
<マタイによる福音書1章>
23「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」。これは、「神われらと共にいます」という意味である。
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2)神なるイエス様
<ヨハネによる福音書>
1初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
2この言は初めに神と共にあった。
3すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。
4この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。
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イエス様は人として生まれる以前に、言葉・光として、
神とともに存在していました。

モーセやエリアのような予言者は、
人なるイエス様を知っていたわけでありませんが、
神とともにある言葉・光としてのイエス様を知り、
信じていました。

ですからモーセやエリヤは既に救われていました。
そうでなければ、変貌の山でイエスと語り合ったりは、
できないでしょう。

この観点から考察すると、キリスト者でない人であっても、
神とともにある言葉・光としてのイエス様を知り、信じ、
救われている人もいる可能性があるということです。

ただし、人に神の愛を目に見える形で教えてくれたのは、
人として世に使わされ、十字架の死後復活させられた、
人であり神であるイエス・キリストだけだと言うことです。