梵天勧請の経からは、仏に無条件の慈悲があったとは思えない。仏は「法を説いても骨折り損に終わるかも」と、迷いましたから。大乗仏教になって利他行菩薩を創り出し、慈悲が強調されるようになったわけです。釈迦仏教では慈悲より智恵が強調される感じです。