人は所詮単なるこの世の中の材料に過ぎない
水の様な気持ちで生きればストレスなど感じないだろう
そう解釈し生きるなら諦観しかなく、権利という考え方も無く行動に結びにくい

人には楽しくありたい、幸せでありたいという気持ちがあるもんだと、それが人のスペックだと解釈するなら、欲が牽引し行動に結びつきやすく権利という考え方も生まれる

この2つは極論化により生ずる相反する価値観

矛盾を受け入れながら生きるのが現実なわけで、行動と結果を生むのは自分という存在を必要とする
思うがままの結果が得られるとは限らない
その現状を受け入れながら求め、手に入れたり、結果を出した時の達成感、充実感を求めるのが世俗だろうと
そこにあるのは良きも悪きも経験がある
いろんな経験したなと思えればイイだけだと思うんだな