仏教の根本、これはどの宗派だって そうでしょうが、
般若の智慧です。正見です。

邪教の阿含宗などでは これは得ることができない。
ですが心を澄まして 弘法大師の「般若心経秘鍵」を精読する。
まさに密教者の立場から見た般若心経の秘鍵があり、
仏教の悟りの秘鍵は 般若心経にありと分かります。

これだけの書を記した真言開祖の弘法大師。
そのお名前が「念力の護摩」とかに使われている。
いまだに使われている。これはその昔の人々が戦わなかった
証しです。

現実に桐山阿含宗を母体系としてのオーム麻原某の出現があった。
桐山靖雄に密教の阿闍梨と名乗るのを許してしまった。
桐山靖雄に対して、
「念力の護摩の根拠。弘法大師がやったという証拠を見せよ」
「桐山さんアンタは阿闍梨ではないだろう」
こういう問い 戦いを真言宗はやり続けるべきだった。

桐山靖雄は、ヤクザでもなんでも使ってきたと思う。
だが戦う。これを現実的にやったのは織田隆弘師だけです。
他の真言宗僧侶にして学者の先生方は何をしていたのでしょう。
結局、関わり合わない、黙殺という無慈悲をやったのです。

仏教の修行に精進する。正見、般若を得る。
煩悩と命がけの闘いをする。この今生を捨てる。
仏教の僧侶の根本が、日本の仏教僧には無くなってきて
しまっている。

この間隙に桐山靖雄は入り 出てきたということでしょう。
こんな野郎が作った邪教の団体など、どこまで行っても
ニセの仏教です。誰がどうしようがインチキ デタラメは
永遠に是正できない。
「念力の護摩」で弘法大師を汚して五十周年、
またまた桐山靖雄の後継ゴミ屑によって
「念力の護摩」を出してきた。
弘法大師もやったと言って。
この罪を真言宗の専門家はどう思うのか?