☆批判側が仏教の基本である“三学”を理解していない驚愕の事実-4

深山さんが説明している沙門果経は『世界の名著1 バラモン教 原始仏典』(中央公論社、昭和44年初版)の中にあります。
この本の中で沙門果経の翻訳者である長尾雅人氏は、
経典の42から63節(あるいは75節)を「戒学」、
75から82節を「定学」、83から98節を「慧学」
に相当するとしています(同書519頁)。
問題の82節は「定学」に、83節は「慧学」の冒頭に現れる文言です。
もし深山さんの言うように83節の冒頭に出て来る「心が安定し」以下の文言が解脱を意味するのなら、既に82節の「定学」が終了した段階で解脱していたことになってしまう。
ところが岩波仏教辞典や大般涅槃経に出て来る釈尊の言葉にあるとおり、原始仏教では戒定慧の三学が揃うことで解脱すると説かれている。
また実際に経典では解脱は97節に出て来る。
従って82、83節で解脱していないのは当たり前の話なのです。
また中村博士をはじめとする仏教学者の解釈も、
「心が安定し」以下の文言を解脱とは解釈していない。