なんか思うんだけどさあ、
考え方として間違ってはいないと思うの。究極はそうだろうな、って直感的にも思えるから。

ただ、

ロックもジャズもクラシックも演歌もない。
ただの音楽である。
その音楽さえ、あるとは言えない。
ジョーン・ケージの休みのみの楽曲のようなものさえある。

とか言われても面白くもなんともないんだよね〜

やっぱり、そんな深遠な境地に達するまでは、梵と我、善と悪、自分と他者、っていう
普通の捉え方、つまり方便を保持してもいいんじゃないかなあ、って思う。

じゃないとどうやって生きていけばいいかもわかんないでしょ?
キリスト教なんて完全に成り立たなくなっちゃうし。

危険思想だとも思うよ。