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原始仏教では神通力なるものを否定してます。

『〔真理を見る〕眼ある尊き師・ブッタは、他の一人のために、真理の教えを説かれた。教えが説かれているとき、〔道を〕求めるわたしは、耳をそば立てた。

私が聞いたことは空しくはなかった。わたしは、束縛をのがれ、煩悩のけがれのない者となった。
実に、わたしの誓願としたところのものは、過去世の生活を知る〔通力〕を得るためではなく、
すぐれた透視〔力〕を得るためでもなく、他人の心を読みとる〔通力〕を得るためのものでもなく、
死と生を知る〔通力〕を得るためでもなく、聴力を浄める〔通力〕を得るためでもなかった。 』
(『テーラガーター』995〜997)