仏説 明鏡偈

一切色は己を写す鏡なり。
鏡に顕れし色、映る姿が歪んでいるは法に照らした己の姿の歪みなり。
己の真如の実相と悟るべし。
佛縁によって生起した一切色は、必然の実相。
必然の法により何かを知らしめんと顕された佛の諭し、方便の姿にほかならず。
歪んでいるは鏡にあらず、鏡を責めてなんとする。
眼前の相手の為す業、我にとって不如意とし、悪口雑言を吐くは鏡を責める所業。滑稽の極み。
更にはその色が、何かを知らしめんとして佛が顕された、佛の諭しなれば、この儀、法を謗り佛を謗る誹謗正法の極みなり。
己の眼前に顕れた一切色を、苦として嘆き、怒り、悪口雑言、愚痴を吐くは是即ち、佛と己に対して為していることにほかならず。
故に、仏法に帰依し、佛に、心から真の帰依を誓うものであれば、因縁生起の真理を真に了解し、悟りえた瞬間、
己が如何なる境涯に置かれ、如何なる試練に遭おうとも、怒り、悪口雑言、愚痴は即座に生滅するものと知るべし。
眼前の一切色と己の境涯に、微塵といえども、不平不満を生ずるは、即ち、悟り得ぬ己、悟り足らぬ己の証と心せよ。
一切色は、己を写す鏡なり。
悟りしとき、即ち、明鏡止水の境地なり。