シュタイナーは、20代でゲーテ研究者として世間の注目を浴びた。
1900年頃からドイツの神智学サークルと関係するようになり、神智学徒たちの集まりで講演を行うようになった。
1902年に神智学協会の正会員となり、同年ベルリンで「神智学協会ドイツ支部」が設立されると、その事務総長(書記長)に選ばれた。
1912年に同協会を脱退し、友人らによって設立された人智学協会(アントロポゾフィー協会)の指導にあたった。