南無妙法蓮華經を国教に定めたもうべし
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>>971
当時の国会は、宗教の正邪に無知だった
だから分かりやすい立場表明をする必要があった >>973
いや、より前面に押し出して
天台沙門を払い、宗祖として講義してる >>972
肩書きが変わったら、変わった肩書きを名乗らなければならない。
佐後に、外に向かって名乗った肩書きは何ですか? >>976
まぁ外用と内証が分からないなら
これ以上は平行線だと思います >>974
国会に提出した文書が公式文書だよ。
佐後に、また、日興、日目も国家かんぎょうした時に、立正安国論をそのままは提出しませんでしたか? 外に対しては
「日蓮が一門」という表現をよく多用してたと思う >>977
外に名乗った以上は、それが公式なんだよ。
日蓮の公式は、天台沙門だ。 >>978
それでも天台の弟子とは言ってないでしょう… >>984
爾前経で仏が始成正覚と言ったから
仏は始成正覚なんだ、と言ってるのと同じ論理 天台宗も日蓮宗も日蓮正宗もみな法華経の行者、争うべきではない 法華経だけでなく、
まずは、仏教全体が争わなくなるよう祈ります。 争いが起きるのは
優を劣といい、上を下という人がいるから… そういう、秩序を乱す下克上がおきなければ、平和になると思う 一代五時八教は完全に否定されています。
華厳経は法華経よりも後の経典です。
密教の経典は、さらに後。
法華経のほうが爾前経になるのです。
無量義経は偽経です。メイドインチャイナの経典です。法華経とも関係ありません。 >>990
ま、、こういう風に
ごちゃごちゃな新説が、定説化するのが
今が末法ということ >>990
だから何?って聞きたい
要は内容です。法華経読まないで、経典否定は出来ません。 釈迦以前に外道(仏教以外の宗教のこと)あり、
釈迦は、外道の教えに付加・補整をほどこし、
その結果、仏教が成立した。
さらに釈迦滅後、
経・律・論の三蔵の編集(結集)が行なわれ、かくして現れたものが小乗仏教であり、
その後、文殊の徒あって、小乗に加上をなして般若の教えを作り、
ついで、法華氏(編纂者)・華厳氏・涅槃氏が出て、前説に加上していった。
さて、諸教が興って分かれたのはみな本来、順次に加上したことによるものである。
順次に加上するのでなければ、どうして古今を通じて教えが拡大し分かれようか。
すなわちこれは古今を通じてたどる自然の姿である。 あらゆる思想・宗教の発展過程で登場する様々な思想家たちは、
既存の言説を上回る何かを示そうとして、
前説の上に自己の説を「加上」するのだと仲基は指摘しています。
その動機は相互の優位争いである。 法華経が素晴らしいと思うのは、各自の自由。観音経も法華経だしね。
ただし、五時八教の説は、否定する。 >>992
この経を説こうとするならば、
仏道を学ぶ者を軽蔑し罵って、
その長所短所を追求するようなことをしてはならない。
もしこの経を説こうとするならば、
嫉妬心や、憎しみや、高慢さや、へつらい心や、欺く心や、偽りの心を捨てて、常に素直であらねばならない。
人を軽蔑してはならないし、
教えについていたずらな論議をしたりしてはならない。
他人に向かって、
「おまえは仏になれない」などと言って、
その心を混乱させてはならない。
この仏の子が教えを説くときは、
常に柔和であって、よく耐え忍び、一切の者を慈悲して、怠け心をおこしてはならない。
十方の大菩薩で生ける者たちをあわれむ心から道を行ずる者に対しては、
「この人はわたしの大いなる師である」と恭敬の心をおこせ。
もろもろの仏に対して、
「無上の父である」という思いをおこし、高慢な心を打破して、教えを説くのに障碍がないようにせよ。
(法華経 安楽行品) 日蓮教徒の“折伏”なるものは、これと真逆だと言いたいだけです。 折伏は法華経にあらず。法華経の経典内にもありません。 晃さんにも、つきみさんにも礼拝します。
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